表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面倒見のいい幼馴染が、今日も僕を叱る  作者: Takayu
第七章 恋人たちの航海
110/182

第百十話 君の、ほんの少しの嫉嫉

クリスマスイブの夜に、プレゼントを交換する。

その、甘くて、くすぐったい約束を交わした後、僕らは、ビーチが見えるカフェで、少し遅めの昼食をとっていた。


「……で、この後、どうする?」

僕が、飲みかけのトロピカルジュースのグラスを揺らしながら尋ねる。

「んー……。もう少し、この島、見て回りたいな」

「そうだな」


僕らが相談していると、優愛が、カフェの壁に張り出されていた、一枚のカラフルなチラシに気づいた。

「あ、溢喜、見て。あれ、面白そう」


彼女が指差したチラシには、僕には読めない英語で、何やら楽しそうなイベントの案内が書かれている。


「……なんて書いてあるんだ?」

「えっとね、『ビーチでサンドアート教室を開きます! 旅の思い出に、あなただけの宝物を作ってみませんか?』だって。……どうかな、やってみたい?」

スラスラと英語を読む彼女に、僕は改めて感心してしまう。


「え、僕、そういうの、センスないぞ……」

「いいの! 私が教えてあげるから!」

僕の手をぐいと引いて、子供みたいにはしゃぐ彼女に、僕はもう、頷くことしかできなかった。


白い砂浜の上。

僕らは、他の観光客たちに混じって、砂の塊と格闘していた。

優愛は、器用な手つきで、あっという間に、可愛らしいイルカの形を作り上げていく。

その横顔は、真剣で、でも、心の底から楽しそうだった。


(……それに引き換え、僕は……)


僕の目の前にあるのは、もはや、ただの歪な砂の山だ。

何をどうすればいいのか、さっぱり分からない。


“Oh, you look like you're in trouble. Can I help you?”

不意に、涼やかな声がして、教室の先生である、日に焼けた肌が健康的な、若いお姉さんが、僕の隣にしゃがみ込んだ。

そして、僕の後ろに回り込み、砂を固める僕の手に、そっと自分の手を重ねてくる。


「え……っ」

“Like this. You have to pat it gently, gently...”


背後から、何を言っているのか全く分からない英語が、甘い香水の匂いと混じって、僕の耳をくすぐる。

僕は、どうしていいか分からず、カチコチに固まってしまった。


ちらりと、優愛の方を盗み見る。

彼女は、何も言わずに、でも、笑顔が完全に消えた真顔で、僕と、そのお姉さん先生の姿を、じっと、見つめていた。

さっきまで楽しそうに作っていたイルカの手が、ぴたりと止まっている。


(……や、やばい。これ、絶対、怒ってる……!)


お姉さん先生は、今度は優愛の方を向いて、何か楽しそうに話しかけている。

“Your dolphin is so cute! You are very good at this!”

「Thank you」

優愛が、少しだけ硬い声で、でも、流暢な英語で、それに返している。


(……僕だけが、分からない)


二人が何を話しているのか、分からない。

その、小さな疎外感。

そして、僕の知らない言葉で、優愛が、僕以外の誰かと話している、という事実。

それが、僕の胸を、ちくりと刺した。


体験教室が終わり、気まずい空気のまま、二人で夕暮れのビーチを歩く。

「……あのさ、優愛」

「……なに」

明らかに、不機嫌な声。


「さっきのは、その……不可抗力というか、僕は別に……」

僕が、しどろもどろで言い訳をしていると、優愛は、ふいに立ち止まり、僕の方へと向き直った。

そして、ぷいっと、そっぽを向いたまま、小さな、でも、はっきりとした声で、こう言った。


「……別に、怒ってない」

「え……」

「怒ってないけど……でも、面白くは、なかった。……英語、ペラペラで、すごいね、あの先生」


拗ねたように、唇を尖らせる、その横顔。

その、あまりにも分かりやすくて、あまりにも可愛すぎる「ヤキモチ」に、僕はもう、どうしようもないくらいの愛おしさで、胸がいっぱいになった。


「……ごめん」

僕は、そう言って、彼女の、そっぽを向いたままの頭を、優しく、わしゃわしゃと撫でた。

「わっ……!」


「僕の隣は、優愛だけだから」


僕が、そう言って、彼女の顔を覗き込む。

優愛は、まだ少しだけ拗ねた顔をしていたけれど、その瞳の奥が、確かに、嬉しそうに揺れていた。


「……当たり前でしょ」


そう言って、僕の胸を、こつん、と軽く叩いてくる、彼女。

その小さな拳が、僕にとっては何よりの、許しのサインだった。

僕らは、どちらからともなく、顔を見合わせ、そして、吹き出すように笑ってしまった。

僕らの、甘くて、少しだけ面倒くさい恋人としての日々は、この美しい南国の島で、さらに、その色を濃くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ