第十一話 優誓おじいちゃん発・はとこサミット 参
玄関に立つ優愛を見て、僕の頭の中は真っ白になった。
優愛も同じように驚いているようで、僕と目が合うと、少し口を開けたまま固まっている。
「おやおや?知り合いなのかい?」
優誓おじいちゃんがにやにやしながら聞く。
「え、えーっと...」
優愛が困ったような声を出すと、美褒が助け船を出した。
「あ〜、溢喜の幼馴染だよ〜。同じクラスの」
「ほう!それは面白い!」
優誓おじいちゃんの目がキラキラと輝く。これはヤバい予感しかしない。
その予感は見事に当たった。
「まあ優愛。とにかくこっちに来い。話はそれからだ」
そう言って優誓おじいちゃんは空いている一席に座るよう言った。
そう、その一席は優誓おじいちゃんの隣でもあり、僕の隣でもある。
知ってる人が隣に来てほしいと願った。
願ったけど、初恋の相手が隣に来るなんて、想定外だった。
しかも、幼馴染だと思ってた相手が、まさかのはとこだったなんて…。
優愛は僕の隣の空いている椅子に座った。
「なんで...ここに?」
僕が小声で聞くと、優愛も小声で答えた。
「おじいちゃんに急に呼ばれて...。溢喜こそ、なんでここにいるの?」
「僕も同じ。急に『光道家の未来について話し合う』って言われて」
二人で顔を見合わせる。
そうか、優愛も僕と同じように、何も知らされずに連れてこられたんだ。
「さあ優愛。自己紹介を」
優誓おじいちゃんが言った。
「遅くなりましたが、祖父・優誓の孫、海波優愛です」
ゆるくウェーブのかかった長い黒髪が、ふわりと揺れた。いつもの優愛なのに、なんだか違って見える。
「では、全員揃ったところで本題に入ろう」
優誓おじいちゃんが手を叩く。
「光道家の跡継ぎ問題についてだ。ご存知の通り、我々四兄弟には息子がいない。そこで、孫の世代から跡継ぎを選ぶ必要がある」
はとこたちがざわめく。
「しかし、男は溢喜一人だ。しかも溢喜は、頭は悪いし、仕事はできないし…。ともかく、このまま継がせたら、危険だ」
おいおい。
今めちゃくちゃ傷つけられたんだが。
だけど、僕には言い返せる自信がなかった。
事実を否定したら、言い訳になってしまうと思ったから。
「だが、俺たち光道兄弟で話し合った結果、性別に関係なく、最も優秀な者が継ぐべきだという結論に至った」
優愛が少し身を乗り出した。
「それで、みんなを集めたの?」
「そうだ。まずはお互いを知ることから始めようと思っただけだ」
僕は優愛の方をちらっと見る。彼女も同じように僕を見ていた。
「なんで今まで家族のこと、話さなかったんだろうね」
優愛が小さくつぶやく。
「僕も...。なんとなく、家のことって話しにくくて」
「私も同じ。なんか、普通の高校生でいたかったのかも」
そうか、優愛も同じ気持ちだったんだ。
光道家の孫としてじゃなく、ただの優愛として接してもらいたかった。
僕も、ただの溢喜として…
だから、お互いに何も言わなかったんだ。
「でも、今日からは違うな」
僕がそう言うと、優愛が少し笑った。
「うん。はとこ同士だったなんて、運命的だね」
「運命...か」
その言葉に、胸がドキッとした。
優愛との関係が、また一つ変わった気がした。
幼馴染から、はとこへ。
でも、僕の気持ちは変わらない。
むしろ、もっと複雑になった気がする。
「さあ、今日は顔合わせだ。明日からは本格的な『光道の修行』を始めるぞ!」
優誓おじいちゃんの言葉に、全員がざわめいた。
え?!明日も?!
修行って、一体何をやらされるんだろう。
隣を見ると、少し恥ずかしそうな優愛がいた。
わかるぞ優愛。
もし自分の祖父もこんな性格だったら、嫌だよな。
それに僕自身、“頭は悪いし、仕事はできないし”とカウンターを決められたからな…。
「……なんか、すごいことになっちゃったね」
僕がぼそっと言うと、優愛が小さく笑った。
「うん。でも……頑張ろう」
その言葉に、僕はうなずいた。
不安もある。自信なんてない。
でも今なら、少しは前に進める気がする。
——よし。やるしかないか。
「そういえば、溢喜?」
優愛が小さな声で聞いてきた。
「どうした?」
それに応えるように僕も小さな声で返した。
「……その、今日のこの話し合いが終わったら、少しだけ付き合ってくれる?」
僕は一瞬、言葉の意味を考えてしまった。
“付き合う”って、どういう意味で言ったんだろう。
でも優愛は、僕の反応を待たずに続けた。
「前に言ってくれたでしょ。どこか一緒に行こうって。あれ、まだ有効なら…ちょっとだけ、歩きたい気分なんだ」
彼女の声は、少しだけ震えていた。
でも、目はまっすぐ僕を見ていた。
「……うん。もちろん」
僕の返事に、優愛はふっと笑った。
その笑顔は、さっきまでの“光道家の孫”じゃなくて、僕の知ってる“優愛”だった。




