第百八話 僕が贈りたいもの
優愛の姿が、マーケットの角を曲がって見えなくなる。
僕は、大きく息を吐き出すと、改めて、熱気に満ちた市場の中を見渡した。
(……さて、どうするか)
昨夜、僕が「プレゼント、一緒に探さないか?」なんて、格好つけたことを言ってしまった手前、変なものは渡せない。
彼女が、箱を開けた瞬間に、驚いて、そして、最高の笑顔を見せてくれる。そんな瞬間を、僕が作りたいんだ。
(……優愛、何が喜ぶかな)
僕は、一人で、アクセサリーを売る露店を巡る。
白い貝殻を繋いだネックレス、小さなヒトデの形をしたピアス、色とりどりのサンゴを使ったブレスレット。
どれも、南国の島らしくて、綺麗だ。
(……でも、これじゃない)
僕の心の中には、もう、贈りたいもののイメージが、ぼんやりと、でも確かに、固まりつつあった。
あの日、僕が彼女に贈った、「お守り」のブレスレット。
それを、彼女が、この特別な旅行に、ちゃんとつけてきてくれている。
その事実が、僕の胸を、熱くしていた。
だから、僕が贈りたいのは、ただ綺麗なだけのアクセサリーじゃない。
あの、小さな「星」のモチーフに繋がるような。
僕らの、これまでの物語と、これからの未来を、繋いでくれるような。
そんな、特別な何か。
僕は、アクセサリーの露店を後にして、マーケットの中を、さらに歩き回った。
民芸品店、香水店、ガラス細工の店……。
でも、僕の心を捉えるものは、なかなか見つからない。
(……やっぱり、難しいな)
諦めかけて、広場のベンチに腰を下ろした、その時だった。
ふと、視線の先に、一軒の、古びた、小さな店が目に入った。
周りの賑やかな土産物屋とは違う、静かで、落ち着いた佇まい。
看板には、かすれた文字で、『Star Sand Jewelry』と書かれている。
星の、砂……?
僕は、何かに引き寄せられるように、その店の、軋む木のドアを開けた。
店内は、ひんやりとしていて、静かだった。
壁には、たくさんの、小さなガラス瓶が並べられている。
中に入っているのは、星の形をした、小さな、小さな砂粒。
「……星の砂、かね」
店の奥から、顔に深い皺を刻んだ、優しい目をしたおじいさんが、ゆっくりと出てきた。
「この島の浜辺でしか、取れないんだよ。一つ一つが、幸せを運んでくれるって、昔から言われててね」
僕は、その、あまりにも小さな、星の形に、見入っていた。
そして、店のカウンターの上に、一つの、完成品のネックレスが置かれているのに、気づいた。
それは、小さな涙の雫の形をした、ガラスのペンダント。
その中に、数え切れないほどの、星の砂が、ぎゅっと、閉じ込められている。
まるで、小さな夜空を、そのまま切り取ってきたみたいだった。
(……これだ)
僕の心臓が、大きく、鳴った。
星空のデザイン。
僕らが、二人で、初めて創り上げた、あのギフトセットと同じ、モチーフ。
そして、この、たくさんの小さな星たちは、まるで、僕と優愛が、これから一緒に積み重ねていく、たくさんの、幸せな時間のようにも見えた。
これ以上、彼女に贈りたいものなんて、考えられない。
「……すみません。これ、ください」
僕の、少しだけうわずった声。
おじいさんは、にこりと、全てを分かっているかのように、優しく、微笑んだ。
「……大切な人への、贈り物かい?」
「……はい」
その一言を口にするだけで、僕の顔は、もう、どうしようもなく、熱くなっていた。
商品を丁寧に、小さな箱に詰めてくれる、その指先を見ながら、僕は、ふと、一つの疑問に思い至った。
(……そういえば、なんでこのおじいさん、こんなに日本語、上手なんだろう……?)
まあ、観光客が多い島だから、勉強したのかもしれない。
僕は、その小さな疑問を頭の隅に追いやり、今はただ、目の前の宝物を手に入れることだけに、集中した。
僕の、初めての、彼女へのクリスマスプレゼント。
その、小さな、でも、僕の全ての想いが詰まった宝物を、僕は、大事に、大事に、ポケットの中にしまった。




