第百七話 君と歩く、南国のマーケット
仮面舞踏会の、夢のような夜から一夜明け。
旅行三日目の朝、僕らの船は、最初の寄港地である、南国の島に到着した。
「わ……! 海の色、全然違う……!」
デッキから見下ろす、エメラルドグリーンに輝く海。白い砂浜と、青い空。
優愛は、子供みたいに目を輝かせて、その景色に見入っていた。
「すごいな……」
僕も、その、あまりにも美しい光景に、ただただ圧倒される。
その日の午前中、僕らは、船のアクティビティツアーには参加せず、二人だけで、島を散策することにした。
レンタサイクルを借りて、海岸沿いの道を走る。
潮風が、汗ばんだ肌に心地いい。
「溢喜、速いよー!」
「優愛こそ、ちゃんとついてこいよ!」
言い合いながら、笑い合う。
その一つ一つの瞬間が、全部、キラキラと輝いて見えた。
島の中心にある、小さなマーケット。
そこには、色とりどりのフルーツや、手作りの民芸品が、所狭しと並べられていた。
「これ、見て! すごい色の魚!」
「こっちの貝殻のアクセサリー、可愛い!」
僕らは、はしゃぎながら、店から店へと見て回る。
でも、僕らの頭の中は、どこか、そわそわとしていた。
昨夜、僕らが交わした、甘い約束。
『プレゼント、一緒に探さないか? お互いの』
(……どのタイミングで、一人になればいいんだ?)
きっと、僕も、優愛も、同じことを考えている。
でも、どちらも、それを言い出せない。
その、少しだけ気まずくて、でも、どうしようもなく甘い空気が、僕らの間を流れていた。
「……なあ、優愛」
「ん?」
「あっちの店、ちょっと、見てきてもいいか?」
僕が、少し離れた民芸品店を指差す。
「うん、いいよ。じゃあ、私は、こっちのアクセサリーのお店、見てるから」
「……ああ」
ようやく、別行動の口実ができた。
僕らは、どちらからともなく、少しだけ、ほっとしたような顔を見合わせた。
「……じゃあ、後でな」
「うん。また、後で」
僕は、民芸品店に向かうフリをして、優愛の姿が見えなくなるのを待つ。
彼女もまた、僕の姿が見えなくなるのを、待っている。
お互いの考えていることが、手に取るように分かる。
その事実が、たまらなく、くすぐったかった。
僕らの、初めてのプレゼント探し。
その、甘くて、少しだけ不器用な駆け引きが、今、始まろうとしていた。




