コミット 73:『論理魔導《ロジカルマジック》講義、開始!……って、生徒が石化してんだけど!?』
セレスティの研究室で、彼女が抱える「知識の監獄」とも言うべき状態を目の当たりにしたニーナ。この才能ある猫耳学者を、何とかしてこの状態から「デバッグ」できないものかと考えを巡らせていた。
「(この子の知識と、俺の『論理魔導』……いや、俺のこの世界の法則を解析して術を組み立てるやり方を組み合わせれば、何か新しいものが生まれるかもしれない。そのためにも、まずは俺のやってることを、この子に理解してもらう必要があるな)」
ニーナは、セレスティに対して、自分の使う特殊な術……「論理魔導」の概念を説明してみることにした。
「セレスティさん、私の使う術って、ちょっと普通とは違うんですよね。なんていうか、魔法の『設計図』を自分で描いて、その通りに魔力を動かす、みたいな感じなんです」
ニーナは、できるだけ分かりやすい言葉を選び、SE的な概念を噛み砕いて説明しようと試みる。しかし、セレスティは、ニーナが話せば話すほど、顔面蒼白になり、猫耳はペタンと頭に張り付き、尻尾は不安そうに左右に揺れ始めた。
「あ、あの……えっと……せ、設計図……?ま、魔力を……動かす……?そ、それって、ものすごく、高度な……魔力制御と……膨大な知識が……ひ、必要なのでは……わ、私なんかが……り、理解できるようなものでは……あわわわ……」
セレスティは、完全にキャパシティオーバーを起こし、小刻みに震え始めた。その姿は、まるで複雑なエラーコードを大量に吐き出してフリーズ寸前のコンピュータのようだ。
「(あ、これ完全にキャパオーバーだわ……ダメだ、いきなり専門用語でまくし立てても、逆効果だ。SEの新人教育でも、最初はもっと簡単な概念から、ステップバイステップで教えるもんだ)」
ニーナは、慌ててアプローチ方法を変えることにした。
「ちょ、ちょっと待って、セレスティさん、落ち着いて!そんなに難しい話じゃないから!えっとね、例えば、火を出す魔法ってあるじゃないですか?普通は、こう、魔力を込めて『燃えろー!』ってイメージする感じでしょ?」
ニーナは、実際に手のひらに小さな火球を灯してみせる。エレメンタル・ガードナーの補助もあり、それは容易に実現できた。
「は、はい……!(ニーナさんの魔法……!)」
セレスティは、その小さな火球に、わずかに目を輝かせた。
「でも、私のやり方は、ちょっと違ってて。まず、『火を起こす』っていう結果に必要な要素……例えば、燃えるもの(空気中の魔素とか)、発火源となるエネルギー、それをどういう形で発生させるか、みたいなのを、頭の中で組み立てるんですよ。で、その組み立てた『命令』通りに、魔力を正確に流してあげると、ほら」
ニーナは、先程よりも少しだけ複雑な手順で、再び火球を灯してみせる。今度の火球は、最初よりも安定しており、大きさも自在に変化しているように見えた。
「(これが、私の術……論理魔導の基本。魔力の流れを論理的に設計し、最小限の魔力で最大限の効果を引き出す……)」
ニーナが説明する論理魔導の概念が、まるで光で描かれたフローチャートのように、彼女の周囲にイメージとして浮かび上がる。しかし、その高度で精密なイメージは、セレスティにとっては、まだ理解の範疇を超えたプレッシャーとして感じられるようだった。彼女の周囲の魔力が、不安に呼応するように萎縮していくのが、ニーナには感じ取れた。
それでも、セレスティは、ニーナが実演して見せた「設計された魔法」に、強い興味を惹かれているようだった。その瞳の奥には、恐怖と好奇が入り混じった複雑な光が揺らめいていた。
「(うん、とりあえず、興味は持ってくれたみたいだな。ここからは、根気強く、この子のペースに合わせて、少しずつ理解を深めてもらうしかないか……SEの教育ってのは、時間がかかるもんなんだよ)」
ニーナは、かつての新人研修の日々を思い出しながら、この才能ある猫耳学者への「特別講義」を、粘り強く続けていくことを心に誓うのだった。




