コミット 72:『天才魔法学者セレスティ!ただし、出力機能に致命的なバグあり!?』
挙動不審な猫耳の少女から目が離せないニーナ。彼女が何か困っているのではないかと思い、思い切って声をかけてみることにした。
「あのー、すみません。何かお探しですかー?それとも、どこか気分でも悪い感じ?」
ニーナが努めて明るく、そして威圧感を与えないように声をかけると、猫耳の少女はビクンッ!と肩を大きく震わせ、抱えていた書物をいくつか地面に落としてしまった。
「ひゃっ!?あ、あわわ……ご、ごめんなさい!わ、私、なんでも、ない、です……から……!」
少女は、慌てて書物を拾おうとするが、手が震えて上手く掴めない。その様子は、まるで壊れかけのプログラムが無限ループに陥っているかのようだった。
「(うわー、完全にパニック状態じゃないか……これは、下手に刺激しない方が良さそうだな)」
ニーナは、優しく声をかけながら、少女が落とした書物を拾うのを手伝った。書物は、どれも難解そうな魔法理論や、見たこともない古代文字で書かれたもので、一見しただけでも高度な内容であることが伺える。
「大丈夫ですか?すごい量の本ですね。もしかして、アカデミアの研究者の方とか?」
「あ、えっと……はい。一応、マギア・アカデミアで、魔法史と、古代魔法構造論を……研究、してます……セレスティ、と、申します……です……」
セレスティと名乗った猫耳の少女は、俯いたまま、かろうじてそれだけ答えた。声は小さく、途切れ途切れで、聞いているこちらがハラハラしてしまうほどだ。
ひょんなことから、ニーナはセレスティの研究室に案内されることになった。彼女が大量の書物を運ぶのを手伝ったお礼、ということらしいが、道中もセレスティはほとんど言葉を発せず、ニーナの方が一方的に話しかける形だった。
セレスティの研究室は、アカデミアの隅にある小さな部屋だったが、その内部はまさに「本の山」だった。床から天井まで、ありとあらゆる種類の書物や羊皮紙の巻物、そして用途不明の魔道具の残骸のようなものが、文字通り山積みになっている。その光景は、知識の奔流に飲み込まれそうな圧巻の光景であり、同時に、整理整頓という概念が完全に欠如した、混沌とした空間でもあった。
「(うわー……これ、完全に情報オーバーフロー起こしてるな……目的のデータ探すだけで一日かかりそうだ。でも、この雑多な情報の中に、とんでもないお宝が埋もれてる予感がする……!)」
壁には、複雑な魔導回路の図面や、見慣れない古代文字でびっしりと何かが書き込まれた羊皮紙の写しなどが無数に貼られている。それらは、ニーナの目には、直接的な魔力を放っているわけではないが、膨大な情報量を持つ光の集合体のように映った。その一つ一つが、高度な知識と、そしてセレスティという研究者の情熱を物語っているかのようだ。
「すごいですね、これ全部、セレスティさんの研究資料なんですか?」
「は、はい……その、古代の魔法とか、失われた技術とか……そういうのを、調べてて……でも、なかなか、上手く、まとめられなくて……誰にも、その、理解してもらえなくて……」
セレスティは、ぽつりぽつりと、自分の研究について語り始めた。その言葉の端々から、彼女が持つ知識の深さと、それを誰にも伝えられない、活かせないことへの絶望感、そして諦めのようなものが滲み出ているのを、ニーナは感じ取った。
「(この子、とんでもない量の知識と才能を持ってるのに、それを外に出力する機能に、致命的な不具合を抱えてるんだな……まるで、最高のアルゴリズムやプログラムは作れるのに、それを上手く人に伝えられないプログラマーみたいだ。言ってしまえば、彼女自身が知識を閉じ込める『監獄』のようになってしまっている……か)」
ニーナは、セレスティが抱える問題の根深さと、その才能が埋もれてしまっている現状を目の当たりにし、SEとしての血が騒ぎ出すのを感じていた。この「不具合」を修正できれば、彼女はきっと、この世界に大きな変革をもたらす存在になるかもしれない。




