コミット 48:『ヴァローナの過去の悪夢、再び。論理だけでは救えない「心の不具合」。』
ニーナの力のデモンストレーションは、騎士団内に大きな波紋を広げた。その有効性を目の当たりにした騎士たちの間では、ニーナに対する評価が徐々に変わりつつあった。しかし、ヴァローナの心の奥底に潜む「思考の硬直化」という大きな問題は、そう簡単に改善できるものではなかった。
その夜、駐屯地が静まり返った頃、ニーナは隣室のヴァローナの部屋から、微かなうめき声が漏れ聞こえてくるのに気づいた。最初は気のせいかと思ったが、その声は次第に苦悶の色を帯び、時には短い悲鳴のようなものも混じるようになった。
「(……ヴァローナさん?どうしたんだろう……?)」
心配になったニーナは、そっと自分の部屋の扉を開け、ヴァローナの部屋の前に立った。扉の隙間から、苦しげに顔を歪め、冷や汗をびっしょりとかいているヴァローナの寝顔が見えた。彼女は、明らかに悪夢にうなされているようだった。
「……やめろ……来るな……!みんな……逃げろ……!」
途切れ途切れに発せられるヴァローナの言葉。それは、明らかに「失われた砦」での惨劇を追体験している者の言葉だった。部下たちの死、燃え盛る砦、そして自分の無力さに対する絶望と後悔が、彼女を悪夢の中で苛んでいるのだ。ギデオンから聞いた話が、ニーナの脳裏に蘇る。信頼していた部下、そしてかけがえのない親友を失ったという、癒えることのない傷。
「(これが……ヴァローナさんのトラウマの深さ……。普段はあんなに厳格で、鉄の意志を持ってるように見えるが、心の奥では、こんなにも苦しんでいるんだ……)」
ニーナは、何もできずにただ立ち尽くすしかなかった。自分の使う力は、魔力の流れを最適化したり、物理現象を制御したりすることはできる。しかし、人の心に深く刻まれた傷、トラウマという名の「心の不具合」を、どうすれば改善できるというのだろうか。
「(どんなに頑丈な仕組みだって、中心部分に致命的な問題があったら、ちゃんと動かない……。ヴァローナさんの場合、その不具合が彼女の思考を縛り付け、新しいものを受け入れることを拒絶させている……)」
SEとしての知識が、ヴァローナの状態を冷静に分析しようとする。しかし、その分析結果が、逆にニーナを無力感に苛んだ。これは、プログラムのコードを書き換えるように、簡単に修正できる問題ではない。
「……すまない……私が……私の判断が……間違っていたから……」
ヴァローナの目から、一筋の涙がこぼれ落ちるのが見えた。その涙は、彼女が普段決して人前では見せない弱さの表れであり、そして、彼女が背負い続けてきた重すぎる十字架の象徴でもあった。
ニーナは、そっとヴァローナの部屋の扉を閉めた。そして、自分の部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。窓の外には、静かな夜空が広がっていたが、ニーナの心は重く沈んでいた。
「(俺の力だけじゃ……論理だけじゃ、解決できない問題もあるんだな……)」
それは、ニーナにとって、ある意味で初めての「敗北感」だったのかもしれない。これまで、どんな困難な状況でも、SEとしての知識と論理で解決の糸口を見つけ出してきた。しかし、人の心という、最も複雑で、最もデリケートなシステムの前では、その万能感は脆くも崩れ去った。
「(どうすれば……どうすれば、ヴァローナさんのあの苦しみを、少しでも和らげることができるんだろう……?)」
答えは、すぐには見つかりそうになかった。しかし、ニーナは、この問題を放置することはできないと感じていた。ヴァローナの「心の不具合」は、彼女個人の問題であると同時に、騎士団全体の機能不全にも繋がりかねない。そして何より、苦しんでいる人間を放っておけないという、元・斉藤肇としての、そして今のニーナとしての、ささやかな正義感がそうさせた。
この夜、ニーナは、自分の力の限界と、人の心の複雑さを、改めて痛感することになったのだった。
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