コミット 44:『「失われた砦」の古参兵!?ヴァローナのトラウマの目撃者との出会い。』
ニーナが騎士団の運営改善案をぶち上げてから数日後。彼女の提案のいくつかは、ヴァローナによって試験的に導入されることになった。特に、物資管理の「見える化」は、若い騎士たちを中心に意外なほど好評で、ニーナは彼らから「姐さん、これマジ便利っす!」などと声をかけられることも増えた。しかし、古参の騎士たちの中には、依然としてニーナのやり方に懐疑的な者も少なくなかった。
そんなある日、ニーナは駐屯地の片隅にある小さな慰霊碑の前で、一人静かに佇む老騎士の姿を見つけた。その騎士は、確かギデオンという名で、騎士団の中でも最古参の一人だと聞いていた。顔には深い皺が刻まれ、その瞳は多くの戦場を見てきたであろう静かな光を宿している。以前、ヴァローナが「失われた砦」の話を部下にした際に、その名前を耳にしたことがあったかもしれない、とニーナはぼんやり思い出した。
ニーナが声をかけると、ギデオンはゆっくりと振り返った。
「……ああ、例のダークエルフの嬢ちゃんか。何か用かな?」
その声は穏やかだった。
「いえ、別に用ってわけじゃ……ただ、ここ、誰かのお墓なんですか?」
ニーナは慰霊碑に目をやった。そこには、いくつかの名前が刻まれているように見えた。
ギデオンは、ふっと遠い目をして慰霊碑を見つめた。「……これは、かつての戦いで命を落とした仲間たちのためのものだ。そして……『灰色狼の砦』で散った者たちの名も、ここには刻まれておる。」
「灰色狼の砦……」
ニーナはその名前に、やはり聞き覚えがあるような気がした。確か、ヴァローナが過去に大きな失敗を経験した場所。彼女のトラウマの根源。
ギデオンは、ニーナの表情から何かを察したのか、静かに語り始めた。
「ヴァローナ様は……あのお方は、若い頃から才気煥発で、誰よりも騎士としての誇りが高く、そして誰よりも『正しさ』を信じておられた。あの時も、ヴァローナ様は完璧な作戦を立てられたはずだった。少なくとも、当時の我々にはそう見えた。しかし……」
ギデオンの言葉は、そこで一度途切れた。その瞳には、今も鮮明に思い出されるであろう、あの日の惨状が映っているかのようだった。
「魔物は、我々の想像を遥かに超えていた。数も、そしてその狡猾さも……。ヴァローナ様の戦術は、まるで赤子の手をひねるように破られ、砦はあっという間に地獄と化した。多くの仲間が……目の前で……」
老騎士の声は、悲痛な響きを帯びていた。
「ヴァローナ様は、最後まで戦い抜かれた。だが、結果として、砦は落ち、多くの部下を失った。そして……あのお方は、腹心の友でもあった副団長をも、あの戦で亡くされたのだ」
「副団長……親友も……」
ニーナは息を呑んだ。ヴァローナのトラウマの深さが、ギデオンの言葉からひしひしと伝わってくる。単なる作戦の失敗ではない。信頼していた部下、そしてかけがえのない友を失ったという、拭い去ることのできない喪失感と自責の念。
「あの日以来、ヴァローナ様は変わられた。以前にも増して自分に厳しくなられ、そして……他人の言葉や、実績のない新しいものを、極端に信じようとはなさらなくなった。全てを自分の目で確かめ、自分の経験則に照らし合わせなければ納得されない。まるで、二度と同じ過ちを繰り返すまいと、ご自身に固く誓っておられるかのように……」
ギデオンは、そう言って深いため息をついた。「あのお方は……あの時、全てを失ったも同然なのだ。戦術への自信も、仲間も、そして、あるいは信じる心さえも……」
ニーナは、何も言えなかった。ヴァローナの「思考の硬直化」という大きな問題。それは、単なる性格的な問題ではなく、これほどまでに深く、痛ましい経験に根差したものだったのだ。
「(だから、あんなに頑なに経験則に拘るんだ……自分の理論が通用しなかった絶望と、仲間を失った悲しみが、彼女を過去に縛り付けている……)」
その問題の根深さを改めて認識し、ニーナは胸が締め付けられるような思いだった。この問題を解決するには、並大抵のことでは済まないだろう。しかし同時に、ヴァローナという人間の、騎士としての誇りの裏に隠された脆さや人間らしさに触れたような気がした。
「嬢ちゃん」
ギデオンが、ふとニーナに視線を戻した。「貴様のやろうとしていることは、我々古参の者には、まだ理解し難いものが多い。しかし……もし、貴様のその『新しい力』が、ヴァローナ様の心を少しでも解き放つ助けになるというのなら……儂は、見守らせてもらおうと思う」
老騎士は、そう言って静かに微笑んだ。その言葉は、ニーナにとって、思わぬ援軍を得たような心強さを感じさせるものだった。
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