コミット 213:『光を取り戻した世界!そして…』
エデンの制御室に満ちていた、肌を刺すような魔力の奔流と、けたたましい音は、嘘のように消え去っていた。後に残されたのは、まるで深海のような、どこまでも静かで清浄な魔力の海と、疲労困憊でその場に座り込む私たち五人の姿だけだった。
「……終わった……のね」
ゼフィラが、か細い声で呟いた。彼女の美しい翼は力なく垂れ下がり、その表情には深い疲労の色が浮かんでいる。フィリップも、セレスティも、そしてヴァローナでさえ、荒い息を整えるので精一杯のようだった。
世界のデバッグは成功した。その確かな実感はあった。しかし、私の心を満たしていたのは達成感ではなく、胸が張り裂けそうなほどの、冷たい喪失感だった。
「……モニカ……」
私の手の中で、赤い宝石をはめ込んだイヤリングは、ただの冷たい金属片と化していた。あれほどまでに頼もしい声で私を導き、共に戦ってくれた相棒の気配は、どこにも感じられない。デバッグ作業の最後の最後で、私の無理な要求に応えるために、彼女は全ての機能を停止したのだ。
「ニーナ……」
ヴァローナが、私の肩にそっと手を置いた。その金色の瞳には、不器用ながらも、深い労りと気遣いの色が浮かんでいる。
「今は、休め。お前は、世界の危機を救ったのだ。胸を張れ」
その言葉が、今はあまりにも重かった。世界を救うために、私は最高の相棒を犠牲にしてしまった。この喪失感と引き換えに得た平和に、果たしてどれほどの価値があるというのだろうか。
「……帰ろう、みんな。ここも、いつまでも安全とは限らない」
私は、無理やり笑顔を作って立ち上がった。仲間たちに、これ以上心配をかけさせるわけにはいかない。イヤリングを、まるで大切な形見のように、そっと胸ポケットにしまい込む。
私たちは、互いの身体を支え合いながら、光の回廊をゆっくりと引き返し始めた。壁面を流れる魔力の光は、以前のような警告の赤色ではなく、穏やかで安定した青白い光を取り戻している。私たちが施した「修正」が、この巨大なシステムに確かに適用されたことの証だった。
やがて、巨大な施設の入り口にたどり着く。私たちが近づくと、壁面は再び光の粒子となって収束し、外の世界への扉を開いた。
一歩、外へ足を踏み出した瞬間、私たちは思わず息を呑んだ。
空が、青い。
クロノスの森に足を踏み入れて以来、ずっと私たちを覆っていた、あの禍々しい魔力の瘴気と鉛色の空はどこにもなかった。代わりに、どこまでも澄み渡る蒼穹が広がり、木々の間からは、温かい陽の光が、キラキラと降り注いでいる。
「……空気が、違う……」
セレスティが、驚きの声を上げた。
彼女の言う通りだった。淀み、重く肌にまとわりついていた空気は、清浄で、生命力に満ち溢れたものへと変わっている。黒くねじくれていた木々の幹にも心なしか生気が戻り、枯れていたはずの枝の先には、小さな緑の若葉が芽吹いているのが見えた。
「世界の魔力が……正常な流れを取り戻しつつあるんだ……」
私の魔力感知が、その確かな変化を捉えていた。乱れ、絡み合っていた魔力の線は解きほぐされ、まるで清らかな小川のように、穏やかで調和の取れた流れとなって、世界を循環し始めている。
「やったんだな……私たちは、本当に……」
フィリップが、感慨深げに呟く。
そうだ。私たちは、やったのだ。この光景こそが、私たちの戦いの成果。モニカの犠牲の上に成り立った、かけがえのない結果。
そう思った瞬間、胸ポケットにしまったはずのイヤリングが、不意に、温かい熱を帯び始めたのに気づいた。
「え……?」
驚いて取り出すと、手のひらの上で、沈黙していたはずの赤い宝石が、まるで心臓の鼓動のように、トクン、トクンと、微かな光を放ち始めたのだ。
最初は、ほんの小さな、蛍のような光だった。しかし、その光は、周囲の清浄な魔力を吸い上げるかのように、徐々に、しかし確実に、その輝きを増していく。
「ニーナ、それは……!?」
仲間たちも、その異変に気づき、私の手元に集まってきた。
温かい光は、やがてイヤリング全体を包み込み、まるで夜明けの太陽のように、力強く、そして優しい輝きを放ち始めた。それは、絶望の闇の中に差し込んだ、一筋の希望の光のようだった。




