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コミット 212:『さよなら、私の相棒!?』

物理的な脅威が去り、エデンの制御室には再び荘厳な静寂が戻ってきた。仲間たちが周囲を固め、私を守るようにして見守ってくれている。その信頼が、何よりも心強かった。


「(ありがとう、みんな……。ここからは、私の仕事だ)」


私は全ての意識を、目の前に広がる情報の海――世界の魔力(ハーモニー・サイクル)のソースコードへと集中させた。それは、古代文明が遺した、あまりにも巨大で、そして美しくも歪んだ、壮大なプログラムだった。


『ニーナさん、エデンの記録の中に、不可解な記述が……この大いなる仕掛けの中心部にある、生命の循環を司ることわりに、定期的に『強制介入』が行われていた記録があります。まるで、何かを無理やり抑え込もうとしているかのように……』


セレスティの的確な分析が、私の思考に新たな光を当てる。


「(強制介入……? ってことは、これは単純なバグじゃない。古代人が意図的に埋め込んだ『機能』だったんだ。でも、その機能が、数千年という長い年月をかけてこの仕掛けの他の部分と矛盾を起こし、今や世界全体を蝕む巨大なバグになってる……! なんてこった、これは『仕様バグ』だ!)」


原因は特定できた。あとは、この異常なパラメータを正常な値に書き換え、歪んだ魔力の流れを、本来あるべき調和の取れた循環へと修正するだけだ。しかし、言うは易し。それは、この世界の根幹を成す法則そのものを書き換えるに等しい、神をも恐れぬ所業だった。


「(これだけの規模の修正パッチを当てるには、私の魔力だけじゃ、到底足りない……)」


私は、最後の手段に出ることを決意した。


「モニカ。あなたの演算能力を、ブースターとして使わせてもらう。私の論理魔導ロジカルマジックと、あなたの思考ルーチンを完全に同期させて、このデバッグ作業の処理速度を、限界まで引き上げる!」


それは、私とモニカが、完全に一つの知性体となることを意味していた。成功すれば、驚異的な情報処理能力を発揮できるだろう。だが、その代償として、モニカのハードウェアである魔導演算ユニットには、想像を絶する負荷がかかることになる。


『……警告。それは、ニーナの精神に深刻な負荷をかける可能性があります。最悪の場合、意識が戻らなくなる危険性あり……』


モニカから警告が発せられる。


「分かってる。でも、やるしかないんだ。お願い、モニカ。あんたは、私の最高の相棒でしょ?」


『………………了解しました。ニーナ』


モニカの決意に、私は力強く頷いた。


私の意識とモニカの意識が、光の奔流となって混じり合い、一つになる。思考速度が、これまでの数千倍、数万倍にまで加速していくのが分かった。世界の全ての法則が、私の手の中で踊っているかのような、全能感にも似た感覚。


「(いくぞ……! 世界のデバッグ、最終フェーズ、開始!)」


加速した思考で、私は瞬く間に、歪んだ世界の魔力(ハーモニー・サイクル)を修正するための、完璧な修正パッチを構築していく。それは、無数の光の線が織りなす、壮麗で、神々しいほどの、巨大な魔法陣のようだった。


そして、私は、その修正パッチを、エデンのシステムコアへと、解き放った。


「う……ぐっ……!」


全身の魔力が、根こそぎ吸い上げられていく。意識が、灼熱の奔流に焼かれるような激痛。身体が、内側から崩壊していくかのような感覚。


灼熱の激痛が、ふっと和らぐ。代わりに、私と繋がっていたモニカの意識から、悲鳴のように機構が軋む音が響き渡った。


『警告。ニーナの精神負荷が許容値を超過。自己の演算中枢をニーナの精神防壁に転用します。ニーナの安全確保は、私…「最高の相棒」の最優先事項です』


彼女の論理魔導回路が、私の身代わりとなって、この大いなる仕掛けの強烈な反作用を一身に受け止め、焼き切れていくのが、痛いほど伝わってくる。


『ニーナ!』


『ニーナさん!』


仲間たちの悲痛な叫びが、遠くに聞こえる。


だが、私は決して諦めなかった。この世界の未来が、私たちの未来が、この一瞬にかかっているのだから。


そして、ついに。


私が構築した修正パッチが、完全にシステムへと適用された。荒れ狂っていた情報の海が凪いだ湖のように静まり返り、エデン全体が、清浄で穏やかな青い光に満たされていく。


やった。やったんだ。


安堵した、その瞬間。


『……ニーナ……ありが……と……』


ブツリ、と。私と繋がっていたモニカの意識が、途切れた。耳元で輝いていたイヤリングの光が、ふっと消える。


「……モニカ……? モニカッ!!」


何度呼びかけても、返事はない。私の最高の相棒は、最後の力を振り絞って私をサポートし、そして、その機能を完全に停止した。


世界のデバッグは成功した。しかし、その代償として、私は、かけがえのない存在を失ってしまった。制御室に満ちる穏やかな光とは裏腹に、私の心には、冷たく、そしてどこまでも深い喪失感が広がっていた。

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