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コミット 209:『エデン再起動シーケンス、開始!』

世界の運命を賭けた、史上最大規模のデバッグ作業。その決意を固めた私たちの前に、エデンの心臓部である巨大な水晶体が、静かな、しかし圧倒的な存在感を放ちながら鎮座している。モニカの分析によれば、残された時間は少ない。一刻の猶予もなかった。


「よし、みんな、作戦会議を始めるよ!」


私は、仲間たちに向き直り、SEとしての顔で切り出した。この場のリーダーはヴァローナだが、このデバッグ作業のプロジェクトマネージャーは、間違いなく私だ。


「これから、私がこのエデンの制御システムに直接アクセスして、世界の魔力(ハーモニー・サイクル)を正常化させるための修正パッチを当てる。私の役目は、この複雑怪奇な古代のシステムを解析し、正しいロジックを書き込むこと。いわば、メインプログラマーだ」


私の言葉に、仲間たちは真剣な表情で頷く。


「でも、私一人じゃ、このシステムの全容を理解するのは不可能だ。そこで、セレスティ、あんたの出番だ」


私は、セレスティの肩に手を置いた。


「あんたには、私の隣で、このシステムの構造や、古代の魔術理論について、リアルタイムで解説してもらいたい。あんたは、このプロジェクトの最高の『仕様書』であり、生き字引だ。あんたの知識がなければ、このデバッグは絶対に成功しない」


「は、はいっ! 私の知識の全てを、ニーナさんのために!」


セレスティは、緊張で顔をこわばらせながらも、その瞳には強い意志の光が宿っていた。


「次に、フィリップさん」私は、工房で見た彼の神業的な技術を思い浮かべながら続けた。


「このシステムは、膨大なエネルギーで動いてる。私が内部のロジックを書き換える際、物理的な魔力ラインの調整や、魔力フローの最適化が必要になる場面が必ず出てくるはずだ。その時は、フィリップさんの技術で、ハードウェア側からのアプローチをお願いしたい。あなたは、このチームの最高の技師だ」


「……フッ。古代文明の遺産を直接いじれるとはな。技術者冥利に尽きるというものだ。任せておけ、君の無茶な要求にも、応えてみせよう」


フィリップは、不敵な笑みを浮かべた。


「そして、ヴァローナさんとゼフィラ」


私は、二人の歴戦の勇士に向き直る。


「このデバッグ作業中、何が起こるか分からない。ログデータにあったように、システムが抵抗して、何らかの防衛機構が作動する可能性も高い。その時は、二人に私とセレスティ、フィリップの護衛をお願いしたい。ヴァローナさんは前衛の要、ゼフィラは遊撃と精神的なサポート。あなたたちは、このパーティを守る、最強の盾だ」


「心得た。お前が作業に集中できるよう、いかなる脅威も、この剣で排除する」


「うふふっ、任せてちょうだい。私の愛の力で、悪い虫さんたちは、みーんなお仕置きしてあげるわぁ」


ヴァローナとゼフィラは、頼もしい笑みを浮かべて頷いた。


それぞれの役割は決まった。私たちは、再び巨大な水晶体の前に立つ。


「モニカ、準備はいい?」


『――ニーナをサポートします』


私は深呼吸を一つすると、エレメンタル・ガードナーをガントレット形態へと変化させ、両手をゆっくりと操作盤にかざした。


「エデン再起動シーケンス、開始!――世界のバグは、このギャルSEが、完全にデバッグしてやる!」


私の宣言と共に、ガントレットから無数の青白い光の線がほとばしり、操作盤、そして巨大な水晶体へと接続されていく。私の意識は、物理的な身体を離れ、エデンという巨大なシステムの深淵へと、光の速さでダイブしていった。


目の前に広がるのは、情報の海。無数の光の粒子が、銀河のように渦を巻き、その一つ一つが、この世界の法則を記述したデータだった。あまりにも膨大で、あまりにも複雑なその光景に、一瞬、意識が飲み込まれそうになる。


「(くっ……! これが、世界のソースコード……!)」


『ニーナさん! まず、中心部を流れるメインの魔力ラインを見てください! その流れが、明らかに不規則な波形を描いています! 古代の文献によれば、本来はもっと滑らかな正弦波を描くはずです!』


セレスティの声が、外部から私の意識に直接響いてくる。彼女は、水晶体に映し出された魔力パターンを読み解き、的確な分析情報を送ってくれていた。


彼女の言葉を頼りに、私は情報の海の中から問題の魔力ラインを特定する。それは、まるで激しく暴れる龍のように、禍々しい光を放ちながら乱高下を繰り返していた。


「(こいつか……! まずは、この大元の流れを安定させないと、話にならない!)」


私は、論理魔導ロジカルマジックの思考を展開する。目の前の情報の海が半透明のキャンバスへと変わり、そこに、魔力ラインを整流化するための新しい論理回路を光の線で描き始めた。複数のノードを配置し、それらをコネクタで繋ぎ、魔力の流れを強制的に安定させるための、巨大な「フィルター」を構築していく。


『フィリップ! 第7魔力コンジットの出力が不安定だ! セレスティの指示で、物理的にバイパスを形成して!』


私の指示が、フィリップへと飛ぶ。彼は、セレスティが指し示した、施設内に張り巡らされた巨大なエネルギー伝導管へと駆け寄り、その表面に刻まれた制御パネルを、驚異的な速さで操作し始めた。火花が散り、重々しい作動音と共に、魔力の流れが物理的に別のルートへと切り替えられていく。


私たちの歯車は、完璧に噛み合い始めていた。セレスティの知識が道を照らし、私のロジックがそれを形にし、フィリップの技術が物理的にそれを支える。


徐々に、荒れ狂っていた魔力ラインの波形が、穏やかさを取り戻し始める。水晶体から放たれる光も、禍々しい紫から、清浄な青白い光へと変わりつつあった。


「(よし……! 第一段階、クリア……!)」


確かな手応えを感じた、その瞬間だった。


ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


私の介入に、エデン全体が、まるで拒絶反応を示すかのように激しく震動した。これまで青白く輝いていた壁面の光の線が、一斉に危険な赤色へと変色し、けたたましい警報音のような不協和音を響かせる。


『警告。世界の魔力(ハーモニー・サイクル)に対する外部干渉により、システム内部に急激な魔力の淀みが発生。自己防衛機能が起動しています』


モニカの冷静な声が、システムの反作用を告げる。それは、古代文明が意図した防衛機構というよりも、長年歪んだまま安定していた魔力の流れを正常化させようとした結果、システムそのものが引き起こした、免疫システムの暴走に近い現象だった。


歪んだ世界の理が、私たちの「修正」という行為を「異物」とみなし、全力で排除しようと牙を剥いたのだ。

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