コミット 201:『森の怒り、クロノスの番人襲来!って、こいつ物理攻撃効かない系!?』
過去の悪夢という名の「バグ」を、仲間から得た新しい力で乗り越えた者たち。まるで磁石が引き合うかのように、彼らの意志は霧の晴れた森の中心へと自然に向かっていた。最初にその開けた場所にたどり着いたのは、迷いのない足取りで進んできたヴァローナだった。続いて、学者としての自信に満ちた表情のセレスティ、創造主としての誇りを取り戻したフィリップ、そして真の愛に目覚めたゼフィラが、まるで約束でもしていたかのように、次々と姿を現す。
最後に、自身のトラウマの幻影を振り払った私が駆けつけると、そこには既に四人の仲間たちが集結していた。
「みんな……無事だったんだ!」
私の声に、四人が一斉に振り返る。その顔には、幻影との戦いで負ったであろう精神的な疲労の色が浮かんでいたが、それ以上に、試練を乗り越えた者だけが持つ、晴れやかで力強い光が宿っていた。
「ニーナ! 貴様も無事だったか!」 「ニーナさん! よかった……!」
ヴァローナとセレスティが駆け寄ってくる。フィリップは無言で頷き、ゼフィラは「あら、ニーナちゃんも、一皮むけた良い顔つきになったじゃないの」と妖艶に微笑んだ。
言葉を交わすまでもない。互いの瞳を見れば、それぞれが己の弱さと向き合い、そして打ち勝ってきたことが手に取るように分かった。ヴァローナの瞳には、もはや過去の失敗に囚われる迷いはない。セレスティの瞳には、知識を世界に解き放つ勇気が宿っている。フィリップの瞳には、伝統と革新を融合させる創造主としての自信が輝き、ゼフィラの瞳には、仲間を信じ、愛する強さが満ち溢れていた。私たちの絆は、この森の試練を経て、より深く、そして決して揺らぐことのないものへと昇華されていた。
安堵の空気が、私たちの間に流れる。だが、それも束の間だった。
ゴオオオオオオッッ……!
突如、森全体が呻くような地響きを上げた。これまで無秩序に渦巻いていただけの禍々しい魔力が、巨大な竜巻のように、私たちがいるこの広場の一点へと急速に収束し始めたのだ。木々は激しくざわめき、地面からは黒紫色の瘴気が間欠泉のように噴き出す。
「な、何が起こるの!?」 「総員、警戒態勢!」
ヴァローナの号令が飛ぶ。私たちは即座に円陣を組み、武器を構えた。
収束した魔力は、やがて人の形を取り始めた。それは、特定の生物の姿ではなかった。ねじくれた古木のような胴体、茨のように絡み合った腕、そして、無数の怨念が渦巻くかのような、顔のない頭部。その半透明の身体の奥では、雷のような黒い魔力が絶えず明滅している。それは、このクロノスの森の歪んだ魔力そのものが、侵入者を排除するという明確な「意志」を持って実体化した存在――森の怒りの化身、「クロノスの番人」だった。
「(こいつ……! 物理的な実体がない……!? 霧隠れの森で戦った、あの幽霊魔物の上位互換って感じ!?)」
私の魔力感知が、番人の異常な構造を捉える。その身体は常に不安定に揺らめき、物理的な攻撃を受け付けないであろうことが予測された。
案の定、先陣を切ったヴァローナの剣撃は、番人の身体を何の手応えもなくすり抜けていく。フィリップが放ったライフルの一撃もまた、その身体に届く前に霧散してしまった。
「キシャアアアアアアアアッッ!!」
番人は、声にならない絶叫を上げた。それは音波による攻撃ではない。直接、私たちの精神を揺さぶる、強烈な精神攻撃だった。頭の中に、先程まで見ていた悪夢の残滓が、再びノイズのようにちらつき始める。
「くっ……! みんな、精神を強く持って! 奴の狙いは、私たちの心の弱さよ!」
ゼフィラが叫び、仲間たちにエンカレッジの光を送ろうとするが、番人が放つ精神汚染の波動はあまりに強力で、彼女の力さえも掻き消されそうになっていた。
「(ダメだ……! 普通の攻撃は通じないし、精神的にもジリ貧に追い込まれる……! これが、この森の最後の『デバッグ不能』の罠……!)」
番人は、ゆっくりと茨の腕を振り上げた。その腕が振り下ろされる瞬間、私たちの脳裏には、それぞれの最も恐れる光景が、鮮明な幻覚として映し出された。燃え盛る砦、罵声を浴びせる村人、嘲笑う父、そして拒絶する天使と堕天使たち。
「う……あ……!」
仲間たちの顔に、苦痛の色が浮かぶ。せっかく乗り越えたはずのトラウマが、こじ開けられようとしている。このままでは、本当に心が折られてしまう。絶望的な状況。私たちは、為す術もなく、見えざる脅威の前に立ち尽くすしかなかった。




