コミット 2:『見た目はパリピ、中身はおっさん。このアバター、操作性最悪なんですけど!』
森の中をどれくらい彷徨っただろうか。
方向感覚など皆無な俺――いや、私か。この一人称にもそろそろ慣れないといけないんだな――は、完全に迷子になっていた。
履き慣れないヒールの高いブーツ(なんでこんなものを最初に用意するんだ)のせいで足は痛いし、露出度の高い服は心許ない。
何より、このやたらと揺れる胸が邪魔で仕方ない。
「(これが『最強の見た目』だって? ふざけんな、修正対象にしかならねえよ……!)」
悪態をつきながら、それでも歩き続けたのは、SE時代に培われた「諦めの悪さ」の賜物だろう。
陽が傾き始めた頃、ようやく木々の切れ間から、人工物らしきものが見えてきた。
粗末な木の柵と、その奥にかすかに見える家々。どうやら村のようだ。
「(助かった……のか?)」
一瞬安堵したが、すぐに別の問題が頭をもたげる。
この格好だ。こんな辺鄙な(と見える)村に、こんな派手なギャルが一人で現れたら、どうなる?
警戒されるのは必至だろう。下手すりゃ、魔女か何かと間違われて石を投げられるかもしれない。
「(いや、落ち着け、斉藤肇。お前はもう斉藤肇じゃない。超絶美少女ギャル(仮)のニーナなんだ。たぶん)」
水鏡で見た自分の名前など知る由もないが、とりあえず心の中で仮名をつけた。
ニーナ。うん、ギャルっぽい響きだ。
……自分で言ってて虚しくなってきた。
村の入り口らしき場所に近づくと、農作業帰りなのか、鍬を担いだ数人の村人がこちらに気づいた。
案の定、彼らの視線が一斉に私に突き刺さる。
それは好奇と、若干の警戒、そして――男たちの下世話な興味が入り混じったような、なんとも居心地の悪い視線だった。
「(うわっ、見られてる、めっちゃ見られてる……!)」
前世では、どちらかというと「見ている」側だった。
満員電車で、たまに乗り合わせてくる派手なギャルを遠巻きに眺めては、「若いっていいよなー」などとオッサンくさい感想を抱いていたものだ。
まさか自分が「見られる」側、それもこんなジロジロとした視線を浴びることになるとは。
「(ど、どうすりゃいいんだ……? とりあえず、愛想笑いか? いや、ギャルならもっとこう、フレンドリーな感じかな?)」
頭が真っ白になる。SEとしての論理的思考はどこへやら、完全にパニックだ。
だが、ここで黙っていても状況は悪化するだけだろう。
「あ、えっと……こんにちはー……?」
咄嗟に出たのは、なんとも弱々しい、裏返った声だった。
しまった、これじゃ完全に不審者だ。
しかし、意外なことに、村人たちの反応は険悪なものではなかった。
むしろ、一瞬キョトンとした後、中年の男が一人、顔を赤らめながら近づいてきた。
「お、お嬢さん、どこから来たんだい? こんな山奥で一人とは、珍しいな」
「(お嬢さん……? ま、まあ、そう見えるわな、このなりなら)」
内心でツッコミを入れつつ、私は必死で言葉を絞り出す。
「そ、それが……道に迷っちゃって……気づいたら、ここに……」
しどろもどろの返答。だが、男は「そうかそうか、それは大変だったろう」とやけに親切だ。
他の村人たちも、遠巻きながら心配そうな表情を浮かべている。
「(あれ……? なんか、やけに協力的じゃないか?)」
不審に思いつつも、彼らの厚意に甘える形で、私は村の中へと案内されることになった。
道すがら、村人たちの視線は相変わらず私に集中している。特に若い男たちの熱っぽい視線は、正直かなりキツい。
「(これが……『他人の評価』ってやつか……。前世じゃ、バグ報告書の評価くらいしか気にしてなかったけど、これはまた別種のプレッシャーだな……!)」
無意識のうちに、私は背筋を伸ばし、少しだけ顎を上げ、前世でテレビや雑誌で見た「ギャルっぽい」仕草をしていた。
髪をかき上げたり、軽く首を傾げたり。
中身がおっさんであることなど微塵も感じさせない、完璧な(と自分では思っている)ギャルの演技。
「(うわっ、俺何やってんだ……キッツ……! なんでこんな自然にギャルを演じてしまってるんだよ!?)」
内心では自己嫌悪の嵐が吹き荒れる。
だが、そうでもしないと、この視線の集中砲火に耐えられそうになかった。
周囲の期待(に勝手に感じているもの)に応えようとする、社畜時代に染み付いた哀しい性なのかもしれない。
先ほどの男が再び私に話しかけてきた。
「お嬢さん、名前はなんて言うんだい?」
村長のゴードンと名乗った恰幅のいい初老の男は、やけに優しい笑顔を向けてくる。
他の村人たちも、どこかニーナ(という存在)を歓迎しているような雰囲気すらあった。
「え? あ……ニ、ニーナ……です」
「ニーナちゃんか。いい名前だ。わしはここの村長のゴードンだ。まあ、ゆっくりして行くといい」
「(……なんだろう、この村。やけにギャルに甘くないか? それとも、単に私が美少女だからか? ……いやいや、自惚れるな、斉藤肇。何か裏があるに決まってる)」
私は差し出された木のコップに入った水を飲みながら、村人たちの過剰なまでの親切さに、一抹の不安を覚えていた。
この世界は、まだ私にとってバグだらけの未知のシステムなのだから。
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