コミット 196:『届かぬ言葉、実装される知識!セレスティ、世界を救う声が響き渡る!』
「うぅ……あ……」
セレスティの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。もう、全てを諦めてしまいたい。このまま、この悪夢の中で、自分の無力さを呪いながら消えてしまいたい。
その時、彼女の脳裏に、もう一つの記憶が鮮明に蘇った。それは、王都の魔力供給システムがダウンした、あの日の光景だった。パニックに陥るエリート魔術師たちを前に、自分の知識が、ニーNAの力と合わさることで、街全体を救った、あの奇跡のような瞬間。
『セレスティさん、私に指示をください! あんたの知識が、この街を救う鍵になる!』
ニーナの、絶対的な信頼を込めた眼差し。自分の言葉が、彼女の論理魔導という名の光の線となり、乱れた魔力の流れを見事に正常化させていった、あの圧巻の光景。
「(私の……知識が……届いた……?)」
そうだ。あの時、私の言葉は確かに世界に届いた。そして、多くの人々を救う力になった。ニーナが、私の言葉を信じ、それを「実装」してくれたから。
「(ニーナさんだけじゃない……ヴァローナ様も、ゼフィラさんも、フィリップさんも……みんな、私の知識を信じて、頼ってくれる……!)」
仲間たちの顔が、次々と脳裏に浮かぶ。彼らと共に過ごした、かけがえのない日々。自分の居場所を見つけ、自分の価値を少しずつ認められるようになった、温かい記憶。
「(私は……もう、一人じゃない……!)」
その想いが、セレスティの心の奥底で、小さな、しかし確かな勇気の炎を灯した。凍てついていた心が、ゆっくりと溶け始めていく。
「……私は……」
か細い声が、震える唇から漏れた。村人たちの幻影が、一瞬だけ動きを止める。
「私は……みんなを……救いたかった……!」
それは、心の底からの叫びだった。セレスティは、涙で濡れた顔を上げ、村人たちの幻影を真っ直ぐに見つめ返した。そのエメラルドグリーンの瞳にはもはや怯えの色はなく、代わりに、学者としての誇りと、仲間を想う強い意志の光が宿っていた。
「この疫病は……古代の呪術と、特定の魔力汚染が複合して発生したものです……! 鎮めるためには、清浄な水の魔力を持つ魔石と、月光草、そして銀の粉を特定の比率で調合し……それを、村の中心にある古い井戸に注ぎ込みながら、古代の『浄化の祝詞』を心に念じる必要があります……!」
言葉は、まだ少し震えていた。しかし、その内容は驚くほど明瞭で、論理的だった。彼女の脳内にあった膨大な知識が、ついに「実装」されるべき言葉となって、世界に放たれたのだ。
セレスティが祝詞を心に念じ始めると、彼女の身体から清らかで温かい、白い光のオーラが溢れ出し始めた。その光は、悪夢に閉ざされた幻影の世界に広がり、村人たちの顔を覆っていた苦痛の影を、少しずつ和らげていく。
やがて、疫病の象徴だった不気味な紫色の斑点は消え去り、村全体が穏やかで優しい光に包まれていった。村人たちの幻影は、憎悪の表情から安らかな微笑みへと変わり、そして静かに霧の中へと溶けていく。
気づけば、セレスティは再び、クロノスの森の静寂の中に一人立っていた。頬を伝う涙は、もはや悲しみや無力感のものではなく、確かな達成感と、仲間への感謝の念が込められた、温かい涙だった。
「(私の知識は……無力じゃなかった……!)」
自分の知識が世界を救う力になることを確信したセレスティは、彼女を長年縛り付けてきた「コミュ障バグ」という名の重い枷を、完全に打ち砕いたのだ。力強い足取りで、彼女は仲間たちを探すため、霧の奥へと歩き始めた。その小さな背中は、世界の真理を探求する、偉大な学者の風格を漂わせていた。




