コミット 194:『論理の剣、経験則の盾!ヴァローナ、過去を乗り越える一閃!』
絶望の淵で、ヴァローナの膝が折れそうになった、その瞬間。
『――失敗は、ただの失敗じゃない。「次にもっと上手くやるための、大事な教訓」なんだよ!』
脳裏に、場違いなほど明るく、そして力強い声が響いた。それは、騎士団の駐屯地で、決断をためらう自分に発破をかけてきた、あのギャルSEの声だった。
「(ニーナ……?)」
『失敗はバグじゃない、改善のためのログだ!』
SEとしての彼女の哲学。経験則に縛られ、過去の失敗に囚われていた自分には、到底理解できなかった言葉。しかし、今、この絶望の坩堝の中で、その言葉は、まるで暗闇を切り裂く一筋の光のように、ヴァローナの心に突き刺さった。
「(ログ……改善のための……?)」
ヴァローナは、ハッと顔を上げた。そうだ、これは幻だ。森が見せる試練。ならば、この状況は単なる過去の再現ではない。私に、あの日の失敗を「改善」しろと、そう突きつけているのではないか?
その瞬間、ヴァローナの中で何かが切り替わった。過去のトラウマという名のフィルターが取り払われ、目の前の戦場が、客観的な「データ」として見え始めたのだ。
「(敵の侵攻ルートは、西と東、そして地下から。兵力は……こちらの三倍以上。だが、敵の動きには偏りがある。西の部隊は陽動。本命は、指揮系統が混乱している東からの挟撃と、地下からの奇襲による内部の分断……!)」
ニーナと共に戦った経験が、ヴァローナに新たな視点を与えていた。経験則だけに頼るのではない。状況を冷静に分析し、論理的に最適解を導き出す。
「(あの日の私は、自分の戦術の完璧さを信じ込み、変化に対応できなかった。だが、今は違う!)」
ヴァローナの瞳に、再び力が宿る。それは、絶望を振り払った、指揮官としての鋭い輝きだった。
「全軍に告ぐ! 私の指示を聞け!」
凛とした声が、幻影の戦場に響き渡る。部下たちの幻影が、驚いたように彼女の顔を見上げた。
「西の部隊は、防御に徹する必要はない! 敵の陽動に乗り、逆にこちらから打って出て、敵の注意を西に引きつけ続けろ! 東門の残存兵力は、地下からの敵の迎撃に集中! 本丸の守りは、最低限でいい!」
それは、あの日の彼女なら決して下さなかったであろう、大胆で、そして柔軟な決断だった。
「そして、私を含む本隊の精鋭は、手薄になった敵の本陣を直接叩く! 敵の頭を討ち、指揮系統を完全に破壊する!」
経験という名の盾で敵の攻撃を受け流し、論理という名の剣で敵の急所を突く。ニーナから学んだ、新しい戦い方。
「行くぞ!」
ヴァローナは自ら先陣を切り、幻影の部下たちを率いて敵陣へと突撃した。その剣筋に、もはや迷いはない。的確な指示が、混乱していた部隊を再び一つにまとめ上げ、驚異的な戦闘力を引き出していく。
そして、ついに敵のリーダーと思しき、ひときわ巨大な魔物の幻影の前にたどり着いた。
「お前の動きは、もう読めている!」
ヴァローナは、ニーナが教えてくれた「兆候を読む」という技術を応用し、敵の攻撃パターンを完璧に見切り、その懐へと深く踏み込んだ。
渾身の力を込めた一閃が、魔物の幻影の核を正確に貫く。
断末魔の叫びと共に、魔物の幻影が光の粒子となって霧散していく。それを合図に、燃え盛っていた砦も、部下たちの姿も、まるで陽炎のように揺らめき、そして静かに消え去っていった。
気づけば、ヴァローナは再び、静寂に包まれたクロノスの森に一人立っていた。手には、まだ敵を斬り裂いた感触が生々しく残っている。
「……ふっ。ログの分析と、改善案の実装……完了、といったところか」
ヴァローナの口元に、自嘲するような、それでいてどこか晴れやかな笑みが浮かんだ。彼女は、ついに過去の悪夢を、自らの手で完全にデバッグしたのだ。
力強い足取りで、ヴァローナは仲間たちを探すため、霧の奥へと歩き始めた。その背中は、以前よりも遥かに大きく、そして頼もしく見えた。




