コミット 161:『魔導回路のマイクロ化への挑戦。フィリップの指先が紡ぐ、光の刺繍。』
フィリップが創造の喜びに再び目覚め、ニーナとの共同開発が本格化してからというもの、「記憶デバイス」の改良作業は目覚ましい進展を見せていた。特に、ニーナが提示した「手のひらサイズ」という無茶な要求に応えるため、フィリップは魔導回路の極限までの小型化、すなわち「マイクロ化」という前人未到の領域に挑戦していた。
それは、従来の魔石加工技術の常識を遥かに超える、まさに神業と呼ぶべき繊細さと精度を要求される作業だった。フィリップは、彼が持つ最高の技術と集中力を注ぎ込み、時には食事も睡眠も忘れて、その開発に没頭した。
「(魔力を記録し、再現するという基本原理は確立できた。問題は、この複雑な機能を、いかにして小さな魔石の中に凝縮するかだ。そのためには、魔力伝導路を、髪の毛よりも細く、かつ正確に刻み込み、そして、複数の魔力層を、信じられないほど薄く、かつ均一に積層させる必要がある……これは、並大抵のことではないぞ……)」
フィリップは、彼専用に調整された、先端が極細の魔力ニードルや、微細な魔力の流れを制御するための特殊なレンズなどを駆使し、まるで顕微鏡を覗き込むかのようにして、小さな魔石の表面に、複雑怪奇な魔導回路を刻み込んでいく。その指先から放たれる魔力の光は、もはや単なるエネルギーではなく、まるで意思を持った生き物のように、魔石の上を踊り、美しい光の刺繍を紡ぎ出しているかのようだった。
ニーナは、その息を呑むような光景を、固唾を飲んで見守っていた。
「(すごい……フィリップさんのこの技術、まさに神の領域だ……。あんな小さな魔石の中に、これほどまでに複雑な回路を、寸分の狂いもなく刻み込めるなんて……前世の半導体製造プロセスに匹敵する、いや、それ以上の超絶技巧じゃないか……!?)」
時には、あまりにも微細な作業に、フィリップの手が震え、回路が断線してしまうこともあった。あるいは、異なる魔力層が干渉し合い、ショートしてしまうこともあった。その度に、フィリップは、悔しそうに歯噛みし、そして、最初から作業をやり直す。その忍耐力と、完璧を求める職人魂は、ニーナに深い感銘を与えた。
ゼフィラは、そんなフィリップの鬼気迫る集中ぶりに、最初は興味本位でちょっかいを出していたが、次第に彼のその真摯な姿に敬意を払うようになり、時には、自らの光の魔力で作業場を明るく照らし、彼の作業をさりげなくサポートすることもあった。
「うふふっ、フィリップちゃんも、本気を出すと、なかなかカッコイイじゃないの。その集中力、少しは見習わないとねぇ」
ヴァローナやセレスティもまた、フィリップのその常人離れした技術力と、目標に向かって突き進む情熱に、ただただ圧倒されていた。
そして、数週間後。フィリップは、ついに、最初の「マイクロ記憶デバイス」の試作品を完成させた。それは、まだ親指の爪ほどの大きさではあったが、その内部には、信じられないほど高密度な魔導回路が凝縮されており、以前の巨大な石板型プロトタイプと同等以上の情報量を記録できる可能性を秘めていた。
「……どうだ、ニーナ。これなら、お前の言う『手のひらサイズ』に、少しは近づいたのではないか?」
フィリップは、疲労困憊しながらも、どこか誇らしげな表情で、その小さな魔石をニーナに差し出した。
ニーナは、その魔石を手に取り、その内部に宿る、無限の可能性に、胸を高鳴らせるのだった。




