コミット 159:『フィリップ、偏食家で生活破綻者!?ヴァローナお姉様、生活指導モード発動!』
フィリップ・アウロスとの共同開発は、記憶デバイスの小型化という新たな目標を得て、ますます熱を帯びていた。フィリップは、文字通り寝食を忘れて研究に没頭し、その集中力と探究心は、まさに天才と呼ぶにふさわしいものだった。
しかし、その一方で、彼の私生活は、壊滅的と言っても過言ではない状態だった。工房の片隅には、食べかけのマフィン(それも、いつも同じ種類の甘いやつ)の包み紙が散乱し、作業台の周りには、果汁の空き瓶が転がっている。まともな食事をしている様子は全くなく、睡眠時間も極端に短いようだった。
「(うわー……フィリップさん、これ、完全に生活習慣病まっしぐらじゃねえか……。こんな生活してたら、いくら天才でも、いつかぶっ倒れるぞ……)」
俺は、彼のそのあまりにも不健康な生活ぶりに、密かに危機感を募らせていた。
そんなフィリップの惨状を見かねて、ついに立ち上がったのが、我らが騎士、ヴァローナだった。彼女は、規律と自己管理を何よりも重んじる性格。フィリップのような生活破綻者は、彼女にとって、到底看過できない存在だったのだ。
ある日の昼食時、ヴァローナは、大きなバスケットいっぱいに詰め込んだ、手料理(栄養バランスを完璧に考慮したもの)を持って、フィリップの工房へと乗り込んだ。
「フィリップ殿!少し、よろしいかな!」
ヴァローナのその凛とした声に、研究に没頭していたフィリップは、怪訝な顔で振り返る。
「……何の用だ、女騎士。私は今、手が離せんのだが」
「手が離せん、ではない!貴殿のその食生活、そして生活習慣、あまりにも目に余る!これでは、質の高い研究など、到底続けられんぞ!」
ヴァローナは、そう言うと、有無を言わさず、フィリップの作業台の上に、バスケットから取り出した料理を並べ始めた。そこには、ジューシーな肉の塊、香ばしく焼かれた魚、そして、色とりどりの野菜が、バランス良く盛り付けられている。
「な、何をする……!私は、マフィンがあれば十分だと言っているだろう!」フィリップは、狼狽しながら抵抗しようとするが、ヴァローナの有無を言わせぬ迫力に、完全に気圧されている。
「マフィンだけで、人間の身体が持つとでも思っているのか!とにかく肉だ!肉を食え!話はそれからだ!そして、野菜もだ!貴殿のような優れた技術を持つ者が、不摂生で倒れるなど、世界の損失だ!さあ、まずは、この肉から食べることだ!しっかりと栄養を摂らなければ、真の力は発揮できんぞ!」
ヴァローナは、まるで母親のように、フィリップに食事を促す。その剣幕は、戦場で敵を薙ぎ払う時よりも、ある意味、恐ろしいものがあったかもしれない。
セレスティも、おずおずとしながら、ヴァローナの援護に入る。
「あ、あの……フィリップ様。ヴァローナ様のおっしゃる通りです……。栄養の偏りは、集中力の低下や、思考力の鈍化を招くこともありますし……特に、脳の働きを活性化させるためには、良質なたんぱく質や、栄養素が必要不可欠ですの……」
セレスティは、古代の栄養学の知識を披露しながら、フィリップにバランスの取れた食事の重要性を説く。
ゼフィラは、そんな三人のやり取りを、面白そうに眺めながら、クスクスと笑っている。
「うふふっ、フィリップちゃんも、ついにヴァローロナちゃんのお説教タイムの餌食になっちゃったわねぇ。でも、これも、みんな、あなたのことを心配してるからなのよぉ?」
結局、フィリップは、ヴァローナの気迫と、セレスティの論理的な説得(?)、そして、周囲からの無言の圧力に屈し、しぶしぶながらも、ヴァローナの作った料理に手を付けることになった。
最初は、不満そうな顔をしていたフィリップだったが、一口食べると、その表情がわずかに変わった。ヴァローナの料理は、見た目だけでなく、味も絶品だったのだ。
「(うまい……!こんなちゃんとした食事、いつ以来だろうか……)」
フィリップは、無言で、しかし、どこか満足そうに、ヴァローナの手料理を平らげていく。その姿は、これまでの偏屈な天才職人というよりも、少しだけ、人間らしい温かみを取り戻したように見えた。
この日を境に、フィリップの生活改善プロジェクト(という名の、ヴァローナによる強制的な生活指導)が始まり、彼の工房には、定期的にヴァローナの手料理が届けられるようになる。それは、彼の研究の効率を上げるだけでなく、彼の心の頑なさを解きほぐす、ささやかなきっかけともなるのだった。




