コミット 157:『「記憶デバイス」プロトタイプ初号機、完成!……って、デカすぎ!これじゃ攻城兵器だよ!』
フィリップ・アウロスが、私の論理魔導の概念と、自律型魔道具の構想に強い興味を示し、共同で「記憶デバイス」の開発に取り組むことを決意してから、数週間が経過した。私たちの共同作業は、まさに「伝統と革新の融合」と呼ぶにふさわしいものだった。
フィリップは、その卓越した魔石加工技術と、長年培ってきた魔道具設計の知識を惜しみなく提供し、私は、論理魔導の観点から、記憶デバイスに必要な機能や、効率的な魔力流の制御手順、そして、将来的な拡張性などを提案する。
最初は、互いの専門用語の違いや、思考プロセスの違いから、衝突することも少なくなかった。しかし、議論を重ねるうちに、私たちは、互いの強みを理解し、尊重し合うようになり、そして、一つの目標に向かって協力することの喜びを感じ始めていた。
そして、ついに、その努力が形となった。フィリップが、私のアイデアに触発され、寝食を忘れて開発に没頭した結果、試作の「記憶デバイス」プロトタイプ1号機が、完成したのだ。
「……できたぞ、ニーナ!これがお前の言う、『記憶デバイス』の、最初の姿だ!」
フィリップは、興奮した面持ちで、工房の奥から、巨大な何かを運び出してきた。それは、まるで古代の石板か、あるいは小型の祭壇かと思うほど、巨大で、そして重々しい外観を持っていた。表面には、無数の魔石が複雑に配置され、それらを繋ぐように、線状に加工された魔石で描かれた魔導回路が、びっしりと刻み込まれている。
「(で、でけぇ……!いや、デカすぎだろ、これ!こんなの、どうやって持ち運ぶんだよ!これじゃ、記憶デバイスっていうか、据え置き型の攻城兵器じゃねえか!)」
私は、そのあまりの大きさと、そしてどこか武骨すぎるデザインに、思わず絶句してしまった。
「(うん、確かに、フィリップさんの技術力は半端ない。この複雑な構造を、これだけの精度で組み上げられるなんて、まさに神業だ。でも、ポータビリティっていう概念、完全に欠落してませんかね……?)」
フィリップは、そんな私の内心のツッコミには気づかず、得意げにその巨大な石板を起動させてみせた。すると、石板に埋め込まれた魔石が、次々と輝き始め、表面の魔道回路に沿って、眩い光の線が走り始めた。それは、まるで不安定ながらも、膨大な量の情報を処理しようとしているかのように、複雑で、そして激しい光の明滅を繰り返していた。
「どうだ、ニーナ!このデバイスは、お前の論理魔導のパターンを、内部の特殊な魔石に記録し、そして、それを寸分違わず再現することができる!試しに、何か簡単な論理魔導を、このデバイスに『書き込んで』みてくれ!」
私は、戸惑いながらも、フィリップに促されるまま、その巨大な石板に手を触れ、簡単な「光を一定周期で点滅させる」という論理魔導のコマンドを、魔力と共に流し込んでみた。すると、石板は、一度だけ大きく明滅した。次に、再度魔力を流し込むと、私の意図した通り、柔らかな光が、チカッチカッと、規則正しい間隔で点滅を始めたのだ。
「(すげえ……!本当に、論理魔導が、記録されて、実行された……!これなら、二回目以降は、ただ魔力を流し込むだけで、同じ魔法が発動できるってことか!従来の魔道回路みたいに、魔石の加工技術に左右されずに、高度な魔法を扱えるようになる……!これは、まさに革命だ!)」
しかし、フィリップは、さらに衝撃的な事実を告げた。
「……ただし、このプロトタイプは、まだ改良の余地が多い。一度書き込んだ情報は、今のところ、消したり、新しい情報に書き換えたりすることはできない。いわば、一度きりの記録媒体、ということだ」
「(一度きりかよ!いや、まあ、プロトタイプだし、仕方ないのかもしれないけど……それにしても、このデカさで使い捨ては、ちょっと、コスパ悪すぎじゃねえか……?)」
私は、目の前の巨大な「記憶デバイス」を見つめながら、その革新的な機能と、そして絶望的なまでの実用性の低さのギャップに、頭を抱えずにはいられなかった。私たちの共同開発は、まだ始まったばかりだ。




