コミット 156:『「伝統」という名のバグフィックス。フィリップの職人魂、再起動の兆し。』
私が指摘した、フィリップの複合型魔力増幅器の設計上の欠陥。それは、彼のプライドをいたく傷つけたかと思われたが、意外にも、フィリップは、私の言葉を真摯に受け止めているようだった。彼は、私が示した回路図のエラー箇所を、食い入るように見つめ、そして、深く長いため息をついた。
「……そうか。私は、ずっと、木を見て森を見ていなかったのかもしれんな。個々の部品の完成度ばかりに気を取られ、全体の調と和いうものを、完全に見失っていた……」
フィリップの声には、落胆の色と共に、どこか吹っ切れたような響きも感じられた。それは、彼が長年抱えてきた、伝統的な職人の在り方への過度なこだわりが、少しずつ解きほぐれ始めている兆候なのかもしれない。
「お前の言う通りだ、ニーナ。私のこの魔道具は、根本的な設計思想から見直す必要がある。だが……私には、その新しい設計を生み出すための、発想が足りない。伝統という古い殻を、破ることができずにいるのだ……」
フィリップは、珍しく弱音を吐いた。彼のその姿は、これまでの偏屈な職人としてのものではなく、もっと人間らしい、悩める一人の技術者としてのものだった。
私は、そんなフィリップに、優しく、しかし力強く語りかけた。
「フィリップさん、そんなことないですよ。あなたのその技術は、本物です。ただ、少しだけ、新しい視点が足りなかっただけ。伝統が悪いわけじゃない。でも、伝統に縛られすぎると、新しいものは生まれない。大事なのは、伝統の良いところは残しつつ、そこに新しいアイデアをどう取り入れていくか、じゃないですか?」
そして、私は、自律型魔道具の構想を例に出しながら、論理魔導の基本的な考え方や、それがもたらす可能性について、改めて説明した。それは、従来の魔道具とは全く異なる、柔軟で、拡張性の高い、まさに「ソフトウェア的」なアプローチだった。
私の話を聞き終えたフィリップは、しばらくの間、黙って何かを考えていたが、やがて、その瞳に、再び強い光が宿り始めた。
「(この小娘の言う通りなら……私の技術は、まだ先へ行けるというのか……?伝統と革新……その二つを融合させることで、全く新しい何かが生まれる……?)」
フィリップの心象風景の中で、彼がこれまで描いてきた、古い様式の設計図の上に、私が示したような、青白い光の線で描かれた、新しい回路パターンが、次々と書き加えられていくイメージが浮かんでいた。それは、彼の職人魂が、新たな可能性を見出し、再起動しようとしている瞬間だった。
「……分かった、ニーナ。お前のその奇妙な『論理の魔術』とやらを、もう少し詳しく教えてくれ。そして、私のこの技術と、お前のその発想を組み合わせれば、一体どんなものが生まれるのか……試してみる価値はありそうだ」
フィリップのその言葉は、彼が、過去の苦い経験や、新しいものへの抵抗感を、乗り越えようとしていることの証だった。ニーナとのプロ対プロの真摯な議論を通じて、フィリップは、ニーナの実力を認めると共に、第三者に自身の技術を正しく評価されたことで、失いかけていた自信を、少しずつ取り戻し始めていたのだ。
この瞬間、二人の天才技術者の間には、確かな信頼関係が芽生え始めていた。そして、それは、世界の魔法技術の歴史を塗り替えるかもしれない、壮大な共同開発の始まりを告げるものだった。




