コミット 155:『魔石内部の「ハードウェアデバッグ」開始!「この回路、ボトルネックになってますよ?」』
フィリップとの奇妙なコミュニケーションは相変わらずだったが、私が提案した自律型魔道具の構想は、彼の心の奥底に眠っていた創造意欲を、確実に刺激していたようだった。彼は、まだ私の論理魔導を完全に理解したわけではないだろうが、少なくとも、私が単なる「小娘」ではないこと、そして、何か新しいものを生み出す可能性を秘めていることは、感じ取ってくれているようだった。
そんなある日、フィリップが、珍しく私を自分の作業場へと招き入れた。そこには、彼が現在製作中だという、複雑な構造を持つ魔道具が置かれていた。それは、複数の魔石を組み合わせ、それぞれに異なる役割を持たせることで、高度な魔法効果を発揮させようという、野心的な設計のようだった。
「……これを見ろ。私が長年研究してきた、複合型魔力増幅器だ。理論上は、既存のどの増幅器よりも高い効率を発揮するはずなのだが……なぜか、期待したほどの性能が出ない。どこかに、設計上の欠陥があるのかもしれんが、私には、それが何なのか、皆目見当がつかんのだ」
フィリップは、苦々しい表情で、その魔道具を見つめている。彼のその姿は、まるで難解なバグに直面し、解決の糸口を見出せずにいる、かつての私自身を見ているかのようだった。
「(なるほど……この魔道具、確かに革新的なアイデアだけど、どこか無理がある感じがするな。個々のパーツは高性能でも、全体のバランスが悪ければ、システム全体としては性能が低下する。これは、ハードウェア設計の典型的な問題点だ)」
私は、以前セレスティの研究を手伝うために自作した、魔石の内部構造を可視化できる特殊な解析装置を取り出し、フィリップの魔道具の核心部分である、メインの魔石にそのレンズを向けた。
装置を起動させると、魔石の内部構造が、青白い光の回路図として、空間に立体的に投影された。それは、フィリップの卓越した技術を示すかのように、極めて精緻で、美しいパターンを描いていた。
しかし、私は、その回路図の中に、いくつかの致命的な問題点を発見した。
「フィリップさん……この魔石の内部構造、確かに素晴らしいですけど……いくつか、気になる点があります。例えば、ここの魔力伝導路……見てください。他の部分と比べて、明らかに細すぎます。これじゃ、魔力の流れがここで滞ってしまって、いわゆる『ボトルネック』になってますよ。そのせいで、魔力転送速度が著しく低下して、全体のパフォーマンスを下げてるんだと思います」
私が指摘した箇所は、投影された回路図の中で、まるでエラー表示のように赤く点滅して見えた。
さらに、私は、別の問題点も指摘する。
「それから、こっちの回路。複数の魔力ラインが、ここで複雑に交差してますけど、それぞれのラインの絶縁処理が不十分みたいです。これじゃ、魔力が干渉し合って、ノイズが発生しちゃいますよ。データの信頼性が低下するし、最悪の場合、回路がショートして、魔道具自体が破損する可能性だってあります」
私の的確な指摘に、フィリップは、驚きの表情を隠せない。彼は、これまで、自分の技術に絶対の自信を持っていた。まさか、こんな小娘(と、彼はまだ思っているだろう)に、自分の作品の欠陥を、ここまで具体的に、そして論理的に指摘されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
「(ふふん、どうだ、フィリップさん。俺は、伊達に前世でSEやってたわけじゃないんだぜ?ハードウェアのデバッグだって、それなりに経験あるんだからな!)」
この魔石内部の「ハードウェアデバッグ」は、フィリップに、ニーナという存在の、真の能力を認めさせる、決定的な出来事となる。そして、それは、二人の共同開発が、本格的に始動する合図でもあった。




