コミット 154:『ギャル語の技術論、フィリップには高度な暗号。「まじ卍」とは、一体どんな魔術理論なのですか……?』
私が熱弁を振るった自律型魔道具の構想は、フィリップ・アウロスに少なからぬ衝撃を与えたようだった。彼は、しばらくの間、空間に投影された光の設計図を、食い入るように見つめていたが、やがて、ぽつりと呟いた。
「……その、何だ……『バディ』とかいうのは、何かの象徴的な呼称か?それとも、術者と魔道具の間に、特殊な主従関係を築くための、契約のようなものなのか……?」
「(え、そっち?いや、まあ、確かに、この世界の人には馴染みのない言葉だよな……)」
「あー、えっと、『バディ』っていうのは、その……最高の仲間、みたいな意味でして……」
私が慌てて補足すると、フィリップは、さらに眉間に皺を寄せ、腕を組んで考え込んでしまった。
「ふむ……最高の仲間、か。つまり、その魔道具は、術者と精神的な感応を行い、あたかも一個の独立した人格を持つかのように振る舞う、と。それは、ゴーレムの制御理論とは、また異なるアプローチのようだな。興味深い……」
「(なんか、勝手に高尚な解釈してくれてるけど……まあ、結果オーライか?)」
しかし、問題はそこからだった。私が、自律型魔道具の具体的な機能や、その設計思想について、さらに詳しく説明しようとした時、つい、いつものギャル口調と、前世のSE用語がごちゃ混ぜになってしまったのだ。
「で、このデバイスのキモは、やっぱ、ユーザーインターフェースだと思うんすよね!もっとこう、直感的で、エモくて、使っててマジ卍!みたいな感じじゃないと、絶対ウケないと思うんすよ!だから、魔力フローの最適化はもちろんだけど、見た目のデザインとか、起動音とかも、超重要で……」
私がそこまで一気にまくし立てると、フィリップは、目を白黒させながら、私の言葉を遮った。
「ま、待て、小娘!その……『まじまんじ』とは、一体、どのような魔術理論を指すのだ?初めて聞く言葉だが……何かの古代呪文の略称か?それとも、特定の魔力波形を励起させるための、特殊なトリガーワードなのか……?非常に、重要な概念のように聞こえるが……」
「(まじ卍が、魔術理論……!?いやいやいや、フィリップさん、あんた、真面目すぎだろ!どんだけピュアなんだよ!)」
私は、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪え、何とか取り繕おうとした。
「あ、あー、えっと、『まじ卍』っていうのはですね……その……なんていうか、こう、言葉では言い表せないような、最高にイケてる状態?みたいな?魔力的な意味合いは、特にない……と思います、はい」
「……そうか。言葉では言い表せない、か。つまり、それは、術者の深層心理に直接作用し、言語化以前の純粋な感動や高揚感を引き出す、極めて高度な精神感応技術の一端である、と。ふむ……奥が深いな……」
「(だから、違うって!なんで、そうなるんだよ!この人、俺のギャル語を、全部、超高度な専門用語か何かと勘違いしてやがる……!)」
その後も、私が「ヤバいですね(良い意味で)」と言えば、「『ヤバい』とは、つまり、魔力の臨界点を超えた、危険なほどの高出力状態を示す指標か?」と真顔で問い返され、「エモい」と言えば、「『エモい』……感情を揺さぶる、という意味か。それは、対象物の持つ情報が、術者の記憶や感情と複雑に共鳴し合うことで生じる、高次の情報処理現象と解釈してよいか?」などと、学術的な考察を始めてしまう始末。
私たちの会話は、もはや、高度な暗号解読合戦の様相を呈していた。
ヴァローナは呆れたようにため息をつき、セレスティはオロオロと私たちを見比べ、そしてゼフィラは、腹を抱えて笑い転げている。
「(もうダメだ……この人との技術論議、ギャル語禁止令を発令しないと、話が全く進まねえ……!っていうか、俺のコミュ力、この世界じゃ、バグ扱いなのかもしれないな……)」
この日の技術論議は、フィリップの生真面目さと、私のギャル語録が引き起こした、壮大な勘違いによって、コミカルなカオスと化すのだった。しかし、その奇妙なやり取りの中で、私たちは、互いの人間性の一端に触れ、ほんの少しだけ、心の距離を縮めることができたのかもしれない。




