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145/151

コミット 145:『忘れられた街道と「時喰らいの霧」。過去の幻影との遭遇。』

魔石加工都市ジオフォートへの旅は、予想以上に険しいものとなっていた。主要な街道が、原因不明の地盤沈下や、凶暴な魔物の出現によって寸断されており、ニーナたちは、やむなく、古く忘れ去られた間道を進むことを余儀なくされていた。

その間道は、鬱蒼とした森の中に続き、昼なお薄暗く、不気味な雰囲気に包まれている。そして、ある地点を境に、周囲に濃い霧が立ち込め始めた。その霧は、ただ視界を遮るだけでなく、どこか時間の流れを歪ませるような、奇妙な魔力を帯びている。その異常な魔力の流れは、人々の心の奥底にある負の感情に働きかけ、トラウマを刺激する性質を持っているようだった。


「(なんだ、この霧……?ただの霧じゃないな。魔力の流れが、すごく不安定で、しかも、なんか、懐かしいような、それでいて不安になるような、変な感覚がする……)」


ニーナは、エレメンタル・ガードナーで霧の魔力を分析しながら、眉をひそめた。


セレスティは、恐怖に顔を引きつらせながら、震える声で言った。


「こ、この霧……古代の文献に記された、『時喰らいの霧』に酷似しています……!それは、過去の記憶や、強い残留思念を呼び覚まし、旅人を惑わせ、時には、永遠に霧の中に閉じ込めてしまう、と……!」


「時喰らいの霧……だって?」


ヴァローナが、警戒を強める。


「つまり、この霧の中では、幻覚や、過去の亡霊のようなものに遭遇する可能性があるということか……厄介だな」


ゼフィラも、その異様な雰囲気に、いつになく真剣な表情を見せている。


「……確かに、この霧、なんだか心がザワザワするわね。私の力も、少し乱されているような感じがする……みんな、気をしっかり持って。決して、霧の誘惑に負けてはダメよ」


一行は、互いに声を掛け合い、警戒しながら霧の中を進んでいく。しかし、霧はますます濃くなり、やがて、仲間たちの姿すらも見えにくくなってしまう。

その時、ニーナの目の前に、ふと、見覚えのある光景が広がった。それは、前世で、彼女がシステムエンジニア斉藤肇として働いていた、薄暗いオフィスの光景だった。デスクには、山積みの資料と、エナジードリンクの空き缶。モニターには、無数のエラーコードが点滅している。そして、上司の怒声と、同僚たちの冷ややかな視線……。それは、ニーナが「他人の評価」という不具合から解放されつつあったにも関わらず、心の奥底に微かに残っていたトラウマの残滓が、霧の魔力によって増幅され、鮮明な幻覚として現れたものだった。


「(うそ……だろ……?なんで、こんなものが……?これは、幻覚……?いや、でも、あまりにもリアルすぎる……!)」


ニーナは、激しく動揺した。頭では幻覚だと理解しようとしても、過去の絶望的な感情が生々しく蘇り、呼吸が浅くなる。手足が震え、冷たい汗が背中を伝う。


「やめろ……!来るな……!俺は……私は、もう、あの頃の自分じゃないんだ……!」


ニーナは、必死でその幻影を振り払おうとするが、それは、まるで亡霊のように、彼女に纏わりついてくる。恐怖と無力感に、再び心が支配されそうになった、その時。

ふと、温かい光が、ニーナを包み込んだ。それは、ゼフィラが放った、エンカレッジの光だった。ゼフィラは、ニーナの異変にいち早く気づき、彼女の精神的な苦痛を和らげようと、必死に魔力を送っていたのだ。


「ニーナちゃん!しっかりして!それは、ただの幻よ!あなたの過去の痛みが作り出した、偽りの記憶!今のあなたは、もう一人じゃない!私たちがいるわ!あなたのその強さを、私たちが一番よく知っているじゃない!」


ゼフィラのその力強い言葉と、仲間たちの存在を確かに感じさせる温かい光は、ニーナを悪夢のような幻影から引き戻してくれた。幻影は、まるで陽光に溶ける霧のように、ゆっくりと消えていく。


「……ゼフィラさん……みんな……ありがとう……本当に、助かった……」


ニーナは、荒い息をつきながら、心からの感謝を伝えた。

ニーナだけでなく、ヴァローナも、セレスティも、そしてゼフィラ自身もまた、この「時喰らいの霧」の中で、それぞれの過去のトラウマや、心の奥底に封じ込めていた弱さと向き合うことになった。それは、辛く、苦しい体験だったが、同時に、仲間たちの支えによって、それを乗り越える力と勇気を得る、貴重な機会ともなった。

この「時喰らいの霧」の試練は、ニーナたちの絆をより一層強固なものとし、そして、それぞれの「心の不具合」の克服を、さらに一歩前進させる、重要な出来事となるのだった。


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