コミット 114:『天使魅了《エンジェルチャーム》大暴走!街中がラブパニック、これって広範囲精神攻撃!?』
ゼフィラがアルカンシェルの街に現れてから数日後。ニーナたちが、次の目的地への情報収集や物資の調達に奔走していたある日の午後、街の中心部で、突如として大規模な混乱が発生した。
「(なんだ、この騒ぎは!?まるで、暴動でも起きたみたいじゃないか……!)」
ニーナたちが広場に駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。大勢の男たちが、まるで理性を失ったかのように、一点に向かって殺到し、互いに罵り合い、突き飛ばし合っているのだ。その中心にいたのは……やはり、あのゼフィラだった。
「あらあら、みんな、そんなに私のことが好きなのねぇ♡ でも、順番は守ってちょうだいな。私、一途な人がタイプなのよぉ、うふふっ」
ゼフィラは、混乱の渦の中心で、全く悪びれる様子もなく、むしろ楽しんでいるかのように妖艶な笑みを浮かべている。彼女の周囲からは、以前よりもさらに強力な、ピンク色の甘い香りを伴う魔力の波が、制御不能な状態で周囲に拡散しているのが、ニーナの魔力感知でもはっきりと見て取れた。その魔力は、人々の感情を掻き乱し、特定の対象への執着を異常なまでに増幅させているようだった。
「(やばい!ゼフィラさんのあの力……天使魅了とでも呼ぶべきか?あれが、完全に暴走してる!このままじゃ、街中がラブパニックどころか、ガチの暴動に発展しかねないぞ!これって、広範囲への精神攻撃みたいなもんじゃないか!?)」
ヴァローナは、苦々しい表情で状況を分析する。「……あの女、自分の魔力の制御もまともにできんのか。これでは、自滅行為も同然だ」
セレスティは、あまりの混乱ぶりに、ただオロオロするばかりだ。「ど、どうしましょう、ニーナさん……!このままでは、怪我人が出てしまいます……!」
「(こうなったら、やるしかない!ゼフィラさんの暴走を止めるには、あのおかしな魔力の流れを、どうにかして中和するか、あるいは、彼女自身の意識を正常に戻す必要がある!)」
ニーナは、エレメンタル・ガードナーをガントレット形態にし、論理魔導で、暴走するピンク色の魔力の流れを解析し始めた。それは、まるで複雑に絡み合った糸のような、無秩序で危険なパターンを描いていた。
(この魔力のパターン……ゼフィラさんの感情の起伏と、強く連動しているみたいだ。何か、彼女の心の中で、強い孤独感とか、愛情への渇望みたいなものがトリガーになって、無意識のうちに力を暴発させてる……?だとしたら、単に魔力を中和するだけじゃ、根本的な解決にはならないかもしれないな……)
それでも、まずは目の前の混乱を収拾するのが先決だ。ニーナは、論理魔導で、清浄な魔力の流れを生成し、それを暴走するゼフィラの魔力に直接ぶつけることで、感情を昂らせる魔力の効果を一時的に中和・無効化しようと試みる。
「ヴァローナさん、セレスティさん!私があのピンク色の魔力を抑えます!その隙に、ヴァローナさんは、できるだけ男たちをゼフィラさんから引き離してください!セレスティさんは、もし怪我人がいたら、応急処置をお願いします!」
ニーナの的確な指示のもと、三人は事態の収拾に奔走する。ヴァローナは、その卓越した武術で、興奮した男たちを力づくで制圧し、ゼフィラから引き離していく。セレスティは、小さな怪我を負った人々に、古代魔法の知識を応用した簡単な治癒魔法を施していく。
そしてニーナは、論理魔導の全機能を駆使し、暴走する天使魅了の魔力の流れを、少しずつ、しかし確実に鎮静化させていく。それは、まるで荒れ狂う奔流を、巨大なダムで制御するかのような、困難な作業だった。
数時間に及ぶ奮闘の末、街の混乱は、ようやく収束の兆しを見せ始めた。男たちは、徐々に理性を取り戻し、自分たちの奇行に困惑しながら、散り散りになっていく。
ゼフィラは、騒ぎが収まった広場の中心で、少し疲れたような、それでいてどこか寂しげな表情で、一人佇んでいた。彼女の周囲を漂っていたピンク色の光の粒子も、今はほとんど消えかかっている。
この一件は、ニーナたちに、ゼフィラが持つ力の危険性と、そして彼女が抱える「感情の不具合」の深刻さを、改めて認識させるものとなった。そして、ニーナは、この厄介な「天使」を、このまま放置しておくわけにはいかないと、強く感じるのだった。