コミット 113：『「愛なんて信じない」発言。ゼフィラの心、深刻な「感情の歪み」の疑い。』
ゼフィラの登場によって、アルカンシェルの中央広場は、一時騒然となった。彼女の過激な言動と、周囲の男たちの異常な興奮ぶりに、ヴァローナが今にも剣を抜きそうな勢いだったが、ニーナが何とかなだめすかし、ひとまずその場を離れることに成功した。
「（はぁ……疲れた……あの人、一体何なんだろうな……本当に天使の末裔なのか？だとしたら、天使って、あんなにフリーダムで、破廉恥な存在なのか……？）」
ニーナは、どっと疲労感を覚えながら、近くのカフェで一息つくことにした。ヴァローナは、まだ少し不機嫌そうに腕を組んでいる。セレスティは、先程の騒動で精神を消耗しきったのか、テーブルに突っ伏してぐったりしている。
すると、そこに、またしてもあのゼフィラが、何食わぬ顔で現れたのだ。
「あら、奇遇ねぇ、ニーナちゃんたち。こんなところでお茶してるなんて。私も混ぜてもらってもいいかしら？」
「……どうして、私たちの居場所が分かったんですか？」
ニーナは、警戒しながら尋ねる。
「うふふっ、それは秘密よぉ。天使には、色々と便利な力があるの。それより、さっきはごめんなさいね？ちょっと、悪ふざけが過ぎちゃったみたい」
ゼフィラは、悪びれる様子もなく、しれっとニーナの隣の席に座った。
その後の会話は、ゼフィラの独壇場だった。彼女は、自分のことを「愛と美を司る、気高き天使の末裔」と称しながらも、その言動は、およそ天使とは思えないほど奔放で、刹那的だった。
「ねぇ、ニーナちゃん。あなた、すごく真面目そうだけど、人生、もっと楽しまなくっちゃ損よ？美味しいものを食べて、綺麗な服を着て、素敵な殿方と、ちょっと危ない恋の駆け引きなんかしたりして……うふふっ、考えただけでもワクワクしちゃうわぁ♡」
「は、はぁ……（この人、完全に享楽主義者だな……）」
そんな他愛のない会話の中で、ふと、ゼフィラが、寂しげな表情を浮かべて、こんなことを呟いた。
「……でもね、結局のところ、愛なんて、信じられるものじゃないのよ。どんなに熱烈に愛し合ったって、いつかは冷めてしまうものだし、どんなに固い絆で結ばれてるように見えても、些細なことで簡単に壊れてしまうものなの。だから、私は、最初から何も期待しないことにしてるの。その方が、傷つかなくて済むでしょ？」
その言葉には、彼女が普段見せる妖艶な雰囲気とは裏腹の、深い孤独と不信感が滲み出ていた。ニーナは、その言葉の端々に、ゼフィラの心の奥底に揺らめく、冷たく暗い影のような光を感じ取った。
「（この人……ただの遊び人じゃない。何か、過去に、愛とか絆とか、そういうものに深く傷つけられた経験があるのかもしれないな……だから、あんな風に刹那的な快楽を求めて、本当の感情から目を逸らそうとしてる……？）」
ニーナは、ゼフィラが抱える問題の根深さを直感し、それが彼女の辛い過去、異端として扱われてきた生い立ちに起因する可能性を感じ取った。この妖艶な天使は、その華やかな仮面の下に、誰にも癒されない深い傷を隠しているのかもしれない。
ゼフィラは、いくつかの意味深な言葉を残して、ふらりとどこかへ立ち去っていった。しかし、彼女の存在は、ニーナの心に、強い印象と、そして無視できない何かを残していくのだった。
