コミット 1:『社畜SE、人生強制終了。次のログイン先は……超絶ギャルボディ!?これって仕様ですか?』
降り注ぐバグ報告、鳴り止まないアラート、そして上司の無茶振り。
斉藤肇、三十八歳・独身。職業、システムエンジニア (SE)。
俺の日常は、まさに終わりの見えない激務そのものだった。
今日も今日とて、連日のシステムトラブル対応と何度も変わる製品の仕様に揉まれ、終電間際の駅へと重い足を引きずっていた。
疲労困憊の体に、冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。
「(ああ、クソ……またこの時間かよ……)」
朦朧とする意識の中、ふと視界の端を鮮やかな色彩が横切った。
雨に濡れた雑踏の中、派手な身なりのギャルの集団が、楽しそうに笑いながら通り過ぎていく。
その自由奔放さ、他人の目を気にしない強さ(に見えたもの)は、納期とバグに追われる今の俺にとって、眩しいほどに輝いて見えた。
「(あんな風に、一度でいいから、何もかも忘れて生きてみてえな……)」
そんなことを、ほんの一瞬だけ、夢想したような気がする。
だが、現実は非情だ。
横断歩道を渡ろうとした瞬間、けたたましいクラクションの音と、強烈なヘッドライトの光。
そして、全身を襲う激しい衝撃。
そこからの記憶は、ない。
「……ん? おい、冗談だろ……?」
意識が浮上する。
まるで深い眠りから覚めたような、それでいて泥沼から無理やり引きずり出されたような不快な感覚。
瞼が鉛のように重い。
なんとかこじ開けた視界に飛び込んできたのは、鬱蒼と茂る木々の緑と、その隙間から差し込む木漏れ日だった。
「(どこだ、ここ……? 俺の知ってる天井じゃないな……つーか、屋外?)」
ズキリ、と頭痛が走る。
いや、頭痛だけじゃない。
全身が奇妙な感覚に包まれている。
軽い。
羽根のように、とは言わないが、長年肩にのしかかっていた重圧が綺麗さっぱり消え失せたような、そんな浮遊感。
「(まさか……人生強制リセットとか、そういうオチ? で、死後の世界がこんなファンシーな森ってわけでもないだろうし……)」
自虐的な思考が頭をよぎる。
状況を把握しようと、重い身体 (のはずだった)を起こそうと試みた。
「……え?」
起き上がれた。
いとも簡単に。
まるで自分の身体じゃないみたいに、スッと。
そして、視界の端に映り込んだ己の「手」を見て、俺は完全に思考を停止させた。
なんだこれ。
細くて、滑らかな……女の手?
いや、それだけじゃない。
爪には手入れが行き届き、ほのかに艶めいている。
所謂、ネイルってやつか。
俺のゴツくてささくれだらけの指とは似ても似つかない。
混乱しながら、おそるおそる自分の身体に視線を落とす。
そこにあったのは、見覚えのない、しかしどこかで見たことがあるような……いや、断じて見覚えなどあってたまるか、というような光景だった。
まず目についたのは、胸のあたり。
やけに視界が高いというか、圧迫感があるというか……。
「(……は?)」
そこには、信じられないほどの豊満な双丘があった。
薄手の、露出度の高い布切れ一枚(としか思えない何か)に包まれたそれは、明らかに「俺の知ってる俺の身体」のパーツではなかった。
「な……」
声が出ない。
いや、出たのかもしれないが、それは俺の知っている野太い声ではなく、鈴を転がすような、澄んだソプラノだった。
パニックで跳ね起きた俺(?)は、ふらつく足取りで近くの水辺へと駆けた。
震える手で水面を覗き込む。
そこに映っていたのは。
「うそ…………だろ…………?」
銀色の、月光を編み込んだような美しい長髪。
陽に焼けた、健康的な褐色の肌。
切れ長の大きな瞳は、燃えるようなルビーレッド。
そして、何よりも目を引いたのは、その長く尖った耳だった。
まるでファンタジーRPGで何度も見てきたエルフのそれだ。
いや、この褐色の肌と銀髪の組み合わせは、俗にいう「ダークエルフ」というやつじゃないか?
そして、極めつけは先ほど確認した、ありえないほど豊満な胸と、くびれた腰。
服装は、前世で言うところの「ギャル」そのもの。
露出度の高いトップスに、短いスカート。
足元は黒のニーハイブーツで引き締められている。
「(なんだこのパリピ仕様のボディと露出度高すぎなギャルファッションは!? 俺だぞ、斉藤肇だぞ! これ、人生最大の不具合じゃないか? こんな姿になるなんて、一体どんな設定だよ!?)」
頭の中で、レッドアラートがけたたましく鳴り響く。
三十八年間、男として生きてきた俺のアイデンティティが、ガラガラと音を立てて崩壊していくのを感じた。
「(で、転生したらこれかよ……! 神様いるなら小一時間問い詰めたい。なんの罰ゲームだ、これは! あの時すれ違ったギャルに一瞬憧れたからって、こんなピンポイントな仕打ちがあるか!?)」
水面に映る自分の姿(信じたくないが)の胸を、おそるおそる触ってみる。
……柔らかい。
本物だ。
紛れもない現実。
「(……くそっ、上司の理不尽な仕様変更よりタチが悪い……!)」
俺は、いや、「私」は、その場にへなへなと座り込んだ。
森の木々が、やけに優しく「私」を包み込んでいるように感じられたが、それは単なる気のせいに違いない。
「(とりあえず、現状把握だ。ここはどこだ? 日本じゃないことだけは確かだけど……)」
SEとして長年培ってきた問題解決能力が、ようやく顔を出す。
まずは情報収集。
それが鉄則だ。
しかし、このギャルボディで何ができる?
いや、それ以前に、この格好でうろついていたら、変質者扱いされるのがオチじゃないか?
「(いや待て、俺は女になったんだ。なら、変質者扱いされるのは男の方か? ……って、そういう問題じゃねえ!)」
混乱は続く。
だが、腹は減る。
喉も渇く。
生きている以上、行動しなければならない。
「(……やるしかねえのか。この、使い勝手の悪い体で)」
私は、深々とため息をつくと、重い腰(物理的にも精神的にも)を上げた。
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