現代パロディ クリスマスSS 2024
「クリスマスは、三人でイルミネーションを見に行かないか?」
誘ったのはウィルフレッドだった。
「いいわね、行きましょう!」
そう微笑んだのはシャロンで、
「…俺がいる必要はあるのか」
怪訝に聞き返したのはアベルだ。
ウィルフレッドとシャロンが即座に当然だと返してくる。おかしい。ウィルフレッドとシャロンは恋人同士(※違う)のはずなのに。
「この道をこう回って、ディナーはここが良いと思うんだ。ほら、ケーキにサンタが乗ってる。」
「可愛い!料理のコースはどれにしましょうか」
計画を練る二人はにこにこと楽しそうで、それを見ているアベルの顔にも自然と笑みが浮かんだ。
こんな時くらい二人きりで過ごしてはどうかと思わないでもないが、片方が我慢するでもなく、どちらとも三人が良いというのだから仕方がない。
しかし当日、ウィルフレッドは高熱を出して寝込んでいた。
「うう…よりによって今日とは…」
「ウィルがいないならやめにしよう」
「それは駄目だ!俺の事は気にせず、二人で楽しんできてくれ。」
「それは…」
残念な日にしたくない気持ちはアベルにもわかったが、シャロンはウィルフレッドも居てこそ三人で過ごしたかったはずだ。気にせずというのは無理がある。
眉を顰めて答えに窮していると、ウィルフレッドが悔しそうに呟いた。
「だって、ディナーの予約も取ったんだぞ。ちゃんと夜景が綺麗な二人席を」
「二人席?」
「…三人席から変更しておいた」
熱で意識が朦朧とするのか、妙な間を置いてウィルフレッドが答える。アベルは記憶を振り返るように視線を空中へ投げた。
起きてから今まで、アベルが知らない内にウィルフレッドが電話する時間などあっただろうか。いつ?
「アベル」
「なに?」
「俺のカメラを託すから写真を頼む。あっ、誰か人に頼んで、複数枚は必ずお前もシャロンと並んで写ること。」
「俺はいい。」
「よくない、シャロンにも頼んでおくから。くっ…俺が二人を撮りたかった……!」
何か引っかかる気はしたが、ウィルフレッドが続けて撮影スポットや注意点の説明を始めたので、アベルは大人しく聞いていた。
兄は行きたかったし見たかったのに行けなくなったのだ。見たかったものを撮ってきてほしいというなら、それはきちんと応えるべきだろう。
「――というわけで、ウィルに頼まれた地点での写真撮影を行っていく。」
「しっかりこなしましょう!」
「ああ。よろしく頼む」
まだ夕方だというのに空は暗く、吐く息は白い。やる気が漲っているらしいシャロンの様子によしと頷き、はぐれないよう手を繋いで歩き出した。
目的地に近付くにつれ、人が多くなってくる。手袋越しに軽く握るだけでは不安があるため、アベルは指を絡めて自分の方に引き寄せる。言外の指示にシャロンが小さく頷き、空いている手をアベルの腕に添えた。
「寒くないか?」
「大丈夫よ。貴方は?」
「問題ない。まずはあのアーチだな」
「ええ」
ウィルフレッド指定の場所を回り、イルミネーションを背景にアベルがシャロンを撮る。
撮影のためにアベルから離れてそちらへ向かう後ろ姿も、振り返った瞬間も、微笑んでポーズを取る姿も。小走りに戻ってくる時の、はにかんだ笑顔も。
「どこまで撮ればいいかわからないな…」
いっそのこと、写真ではなく動画が良かったのかもしれない。そうしたらシャロンの楽しそうな声も、ちょっとした仕草も、すべて見せる事ができたのに。
薄紫の瞳を少し丸くして、シャロンが小首を傾げる。
「どこまでって、今はどこまで撮っていたの?」
「行って戻るまで。」
「えぇ?ふふ、どうしてそんなに。」
――今も。お前がそんな風に笑うなら、カメラを構えておけばよかった。
「ウィルはできるだけ見たかったろうから、メモリが許す限りは。」
「貴方の事も撮るのよ、覚えている?」
「割合は少なくていい。」
「そんな事言って。私が撮るから、貸してみて。」
促されるままカメラを渡し、トナカイを形作っている電飾の傍まで歩いて振り返る。シャロンがシャッターを押すのを見届けると、彼女はカメラを構えたまま片手をピースの形にしてすぐ戻した。
――やれという事か。
瞬いたアベルがろくに腕を上げず指先だけピースを作ると、再度撮影が行われたようである。肩の力を抜いたシャロンの元へ戻ると、カメラを返しながらなぜか、口元に手をかざしている。
「どうした」
「私……駄目だわ、顔がにやけてしまう。」
それの何が問題なのかわからずアベルが首を傾げてみせると、シャロンは目を泳がせてから隣に並んだ。
歩き出しながら手に触れて、指を絡めるように握られる。アベルが握り返すと、まだまだ人が多いからだろう、シャロンが自然と傍に寄り添った。
「あの、……貴方が、可愛くて」
「は?」
断じて聞き捨てならない。しかし即座に眉を顰め声を低めたアベルにじろりと見下ろされても、シャロンは少しも怖気づかなかった。イルミネーションの光に照らされた澄んだ瞳は、きらきらと輝いてアベルを見ている。
「いつどこにそんな要素があったか全くわからないし理解もできない。」
「ピースしてくれたでしょう?もちろん、してくれたら嬉しいと思ってお願いしたのだけど。」
「…次は」
「ありがとう、アベル。きっとウィルもすごく喜ぶわ。」
「……。」
次はもうしないと言うつもりが言い切れずに、アベルは口を閉じた。
文句も反論もまだあったものの、嬉しそうに微笑むシャロンが「ウィルも喜ぶ」と言うのだ。二人がいいならと考えてしまう自分がいた。
それでも少しは反抗の意思を示すべく、繋いだ手に軽く力を込める。
シャロンはくすりと微笑んで、指先で優しく手の甲を叩いた。




