現代パロディ バレンタインSS 2024
シャロンとほぼ同時に待ち合わせ場所へ着き、適当に話して五分ほど。双子の兄から届いたメッセージを見て、アベルは片眉を上げた。
《ごめん二人共!一時間半は遅れそうだから先に店へ入っていてくれ!》
「あら…」
待ち合わせていた時間まであと五分。シャロンがぽちぽち《大丈夫?何かトラブル?》と返信してやっているが、アベルはカーブミラー越しに建物の影に隠れる兄の姿を見つけていた。スマホを見ているようだ。
――…何をしてるんだ、ウィル。
バレンタインは二人でシャロンにアフタヌーンティーでも奢ろう、そう言ったのはウィルフレッドだ。「二人で行ってきたら」と遠慮するアベルに「三人がいい」と駄々をこね、「正直もう予約済みだから絶対に来てほしい」と言い切ったのもウィルフレッドだった。
アベルは自分のスマホに目を落とした。
《アベルの名前で予約してあるから!》
なぜだ。
「意味がわからない」
「そうね…?お店はどこだったかしら」
シャロンが了解のスタンプを送ったせいか、カーブミラー越しの兄は大きく頷いてこちらの様子を窺い始めた。映っている事には気付いていないらしいし、出てくるつもりもないらしい。
アベルは心の中でため息をついた。
「場所はわかる。行くぞ」
「えぇ。時間制限は?ウィルが間に合うといいけれど…」
「五時までなら制限はないと聞いてる。」
「よかった。」
すぐそこに本人が居るとも知らず、シャロンがふわりと微笑む。そんな彼女の手元を見て、ふと笑ったアベルは自分の手を差し出した。
「また忘れたのか?」
「……そう。忘れたの」
同じミスだという自覚はあったらしい。頬を朱に染めたシャロンが手を重ね、アベルの手をきゅっと握った。
時折ウィルフレッドの姿を視界に捉えつつ、兄の目的まではわからないままアベルはシャロンと共に店へ到着した。
女性やカップルに人気の店であるらしく、シャロンも気に入ってくれるだろうというのが兄の言だ。
入ってすぐ、受付に予約時間と名前を伝える。店員が恭しく礼をした。
「アベル・C・レヴァイン様ですね。カップル席でご予約の」
「違いますが。」
眉間に深く皺を刻んだアベルの低い声に、店員がピシリと固まる。
気まずい沈黙が数秒流れ、シャロンは繋いだままの手を指先でとんとんと叩きながら、「そういう予約になっていますか?」と聞き返した。
「は、はい。間違いなく…」
「ウィルが間違えてしまったのかも。…今から人数変更は難しいですよね。」
「申し訳ありません。本日は満席でして、椅子を追加できるお席でもないため…」
「どうしましょうか、アベル。」
この間に、アベルはウィルフレッドに対し《予約が二人になってる》とメッセージを送信済みだ。そもそも、兄は店のすぐ外にいるはずなのだが。
《ごめん、予約を間違えた!ひとまず俺の事は気にせず、二人で楽しんでくれ》
アベルは個人の方に送ったのに、シャロンと三人グループの方で返信が届いた。続けて《料金はもう払っているし、店も料理を用意してくれているわけだしな》と送られてくる。
ウィルフレッドにしては打つのが早い。まさか最初から…
「…すみません。案内お願いします」
「は、はい!こちらです」
考え事は後回しにし、アベルはシャロンと共に席へ向かった。カップル席とは、二人掛けソファを設えた半個室の事を言っていたらしい。クッションが置かれている側をシャロンに譲り、共に腰掛ける。狭い。近い。
シャロンは洒落た調度品や、バレンタインに合わせて飾り付けられたのだろう花々に目を輝かせている。喜んではくれたらしいと思いながら、アベルは再びメッセージを確認した。
兄に《どういう事》と送っておいたのだが、目を潤ませて謝るキャラクタースタンプしか返ってきていない。
ちらりと店内を見回すと、ギリギリ見える範囲のテーブルに見慣れた金髪のサングラス男がいた。先程のウィルフレッドと同じ服を着ている。
――本当に何をしてるんだ、ウィル。
まるで弟のデートを尾行する心配性の兄のような図だが、ウィルフレッドとシャロンは付き合っているので(※付き合ってない)そんなわけはない。
――…双子とはいえ、時折思考が読めないな。
そう思いながら、アベルは未だに繋がれている手にシャロンがじわじわと照れ始めた事にも気付かなかった。店員がケーキスタンドを運んでくる。
「すごく美味しそう……!あの、写真を撮っても大丈夫ですか?」
「勿論です。SNSに上げて頂いても大丈夫ですよ。」
シャロンが礼を言い、カメラアプリの設定を手早く調整してからケーキスタンドと紅茶を撮る。両手で持ったスマホをテーブルに向けたまま、ほんの一秒静止した彼女は何か言いたげにアベルを見た。
「何だ。」
「その……よければ、なのだけど。」
小さく頷いて先を促す。薄紫の瞳を見つめていると、シャロンが目を泳がせた。
「貴方を撮っ………えっと、ティーカップに手を添えてもらって、その写真を撮ってもいいかしら?一緒に入ったわって、ウィルに報告できるし…」
そのくらい構わないと了承すれば、シャロンはいそいそと写真を撮って早速《お店に入りました》と三人のグループメッセージに上げる。
即座に既読がついて、ウィルフレッドから笑顔のスタンプが送られてきた。そこにいるのだが。
「じゃあ、早速頂きましょうか。」
「ああ。」
兄が選んだだけあって、味は良かった。シャロンは逐一嬉しそうに頬を緩め、目を細めては声を漏らす。楽しんでいるようだと、アベルも自然と口角が上がる。
昔から、幸せそうな彼女を見るのは好きだった。
「お前の写真も撮るか。なにせ主役だ」
「撮ってくれるの?」
軽く頷き、アベルは少し身を引いてシャロンにスマホのカメラを向けた。
「ふふ、ありがとう。」
「………。」
微笑むものだから連写してしまった。
撮れた?と聞いてくるシャロンに「あぁ」と返しつつ、姿勢を戻したアベルはスマホのアルバムを確認する。
一枚ずつ見てみたが、少しずつ違っていてどれが一番良いのだかわからない。とりあえず全て送ってみると、メッセージを見たシャロンが軽く噎せた。
「ふっ、ふふふ……はぁ、どうして連写なの?」
「手元が狂った。」
「貴方でもそんな事があるのね。ふふ…」
兄が喜びのスタンプ三連打で返信している。連写で良かったらしい。
「ね、アベル。このプチケーキとっても美味しいわ!食感がふわっとしてて、チョコムースが甘過ぎなくて。」
「俺の分も食べるか?」
「あっ、そういうつもりじゃ……あの、貴方にも食べてほしいから。」
「なら半分やる。」
フォークでさっくり切り分けて皿に載せてやると、シャロンはアベルの手元をチラと見てから、頬を赤らめて「ありがとう」と言った。アベルが譲りたくなっただけで、「食い意地が張ってる」と言ったつもりはなかったのだが。
お返しにと半分譲られたタルトを咀嚼して、少し甘いと感じた。
すっかり食べ終えて紅茶のおかわりを貰い、二人してソファの背もたれに身を預ける。シャロンは少し眠たそうに瞬いて微笑んだ。
「美味しかった…ありがとう。」
「ここを予約したのはウィルだ。」
「そうね、合流したらお礼を言うわ。…でも、貴方も半分出してくれたんでしょう?こうして来てくれたし、今日一緒に過ごせて嬉しかったの。」
「…日頃の礼だからな。お前には兄弟揃って世話になってる」
「ふふ、こちらこそ。」
シャロンの声が柔らかくとろけている。アベルは穏やかな心地で囁いた。
「眠いか?寝ていいぞ」
「うん…じゃあ少しだけ。……ねぇ、手を握ってもいい?落ち着くの」
アベルの肩に頭を乗せ、シャロンがねだる。
珍しい行動を不思議に思いながら了承すると、彼女はアベルの手を両手で包み、ほっと息をついて瞼を閉じた。
なぜか少し落ち着かなくなったアベルが視線を泳がせれば、テーブルに突っ伏している兄が目に入る。
あちらも眠くなったらしいと察して、くすりと笑った。
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おまけ:この後の展開
アベル→「起きたか」の声と表情で無自覚に即死攻撃を放つ
シャロン→店を出るまでずっと顔真っ赤で俯いてるし、自分から甘えた事を思い出してしまう
ウィル→スマホで合流場所を指示した後、感激の涙を拭いながら回り道し、(シャロンに渡すための)花束を持って現れる
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おまけ②:シャロンに渡す物
アベル
一言書いただけのメッセージカード
ウィルフレッド
小ぶりの花束(持ち帰るシャロンへの配慮)と便箋数枚に渡る手紙




