母子心中未遂後・母子殺害
私も恵も顔は青タンだらけで目尻も鼻も唇も裂けて膿んでいる。
私の新しい彼氏はDV男だった。
私だけならともかく、5歳の娘にまで手を出すなんて信じられない。
「取ってきてくれる?」
「う……うん」
恵が海に向かって歩いていく。
「海に投げたビー玉を取っておいで」なんて意味不明なお願いを素直に聞いてくれる恵が愛おしくて堪らない。
私のことを信頼してくれてるのね。
「無いよ」
「もっと奥よ」
何メートルか奥に進み、膝の高さから腰の高さまで海水に浸かる恵。
私は懐にしまっていた包丁を取り出して刃先を喉に添えた。
「ないよ!」
「もっと奥!」
「これ以上は怖いよ!」
「見つからなくてもいいのよ!ママは恵に探してほしいだけなの!」
「もおお!」
恵。私の可愛い恵。
もう首まで水が来てるね。
今なら戻ってこれるよ?ママのお願いなんか無視して戻っておいで?
「あっ!あぶぶっ!」
計算が違った。
満潮が近づいてるらしい。
水位が上がり、恵の口に海水が出たり入ったり。
あれはもう助からないかな?
怖くないよ。恵が死んだらママ達もすぐ追いかけるから。
天国で4人で暮らそうね?
「死んじゃう!ママ!だずげでぇ!ゲボボボっ!」
「恵!天国で会おうね!」
包丁を強く握りしめ、喉に突き刺そうとした瞬間だった。
「……綺麗」
真っ赤な夕日。なんで気が付かなかったんだろ?こんな綺麗な夕日に気が付けないほど私は追い込まれていた。
あまりに綺麗過ぎて涙がポロポロ流れてくる。
夕日と、海から顔を出したり沈んだりする娘のコラボレーション。
こんな綺麗な景色をまた見たい。
生きるって素晴らしい。
生きるって美しいんだ。
もう私は死ぬ気なんて無かった。
包丁を砂浜に捨てた。
スマホが鳴る。
彼氏からだ。
「もしもし?」
『……あー。俺。さっきはマジごめん。二度としない。俺、お前がいなきゃ駄目なんだわ……』
知ってるよ。
酔ってる時とパチンコに負けたときのあなたはあなたであってあなたでない。
それを理解できるのは私だけ。
「もう謝らないでよぅ」
『許してくれるのか?』
「うん」
『今さ。ファミレスでさ。ワンコインピザやってんの。3枚頼んで家族3人で食うべ。奢るよ』
「……嬉しくて泣いちゃうよ」
「そーいうのいいってぇ!照れるわ!」
「すぐ帰るね」
『おう!』
私はお腹を撫でて語りかけた。
「パパがピザ食べさせてくれるって。うれちぃねぇ。お腹の中で食べてね」
早くあなたに会いたい。
生きるって素晴らしい。
命って素晴らしい。