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「まあいいですか、よっ」
彼女は俺の足と足の間に自分の身体を滑り込ませ、持たれてきた。
「俺は椅子ですか?」
「楽しくないですか?」
「楽しくなくはないです」
「あらあら」
顔見えないの勿体ないな。
分身できないかな。
正面からこの奇跡を拝みたいですねぇ。
と思っていたら彼女が振り返り俺の制服のネクタイを引っ張った。
今日だけで色々起こりすぎでしょ。
やっぱり俺今日で堕天しちゃうのかな。
怖いですよぉ。
近くに誰か来ないかな。
天使力高めてくだされ。
「天使殿。我慢は良くないですよ」
「我慢なんてしてないですよぉ」
「もっとお心を開いてくださいな」
「無理ですよ。俺ら天使と悪魔なんですから」
「貴方は私を好きになりますよ」
「そうかもしれないですねぇ」
「あら、もう降伏ですか?」
「降伏して欲しいんじゃないんですかぁ?」
「まだ一日ですよ」
「そうですね。早すぎますよね。即落ちです」
「もうちょっと楽しみませんか?」
「だってどっちみち堕天するんですよねぇ?」
「そんなに自信ありませんか?」
「はい。鋼の意思はないので」
「あらあら」
「この半年ホントに楽しかったですよ。何食っても美味いし、ふかふかの蒲団で眠る春の日曜日は何物にも代えがたかったです。夏は外に出たら最悪でしたけど、エアコンの効いた部屋でゲームして漫画読んでアイス食うのは幸せでしたし、あと炬燵、炬燵で寝る気持ちよさ、あんた炬燵で寝ました?」
「まだです」
「ならした方がいいですよ。炬燵でウトウトすんの最高っすよ。天国知ってる俺が言うんですから間違いないです」
「私は地獄を知っていますけどね。堕天したら天国と地獄両方を知れますよ。そして悪魔にとって地獄は天国なんですよ」
「まあ、そうっすよねぇ」
「そう。私が絶対天使殿を堕天させてあげますからね。覚悟しておいてくださいね」
俺が簡単に落ちてしまったらこの美少女悪魔はまた違う天使を誑かしに行くのだろうか。
それは嫌だな。
俺が何とかしないといけない、強い意志で。
ここは俺が食い止める、だからお前は先へ行け。
多分今近所に天使いるな。
意志力アップしたもん絶対。
よし、頑張ろう、俺。
昨日よりは明日、明日よりは明後日。
もっといい天使になれるように。
だって一応俺がいることでちょっとは俺周りだけでもましになるなら俺が来た効果もあるんだろうし。
やはり俺は天使。
悪魔と恋に落ちるわけにはいかない。
「今日はこれくらいにしておきますね。また月曜日続きをしましょう」
「しません」
「あらあら、そんなこと言っていいんですか?」
「いいです」
彼女が立ち上がったので俺も立ち上がりコートを羽織る。
「ご馳走様でした」
「また来てください。お菓子私こんなに食べきれないので困りますから」
「はい」
「約束ですよ」
「はい、まあ、はい」
「可愛いですね。天使殿は」
「伊藤忍です」
「私は涌井奈々です」
「じゃあ帰ります。お邪魔しました。いっぱいお菓子ご馳走様です」
「はい。気を付けて下さいね、忍」
俺は無事本物の悪魔の館から無傷で脱出した。
取りあえず一日乗り切った。
月曜日からもこれが続くのか。
俺のような下級天使には余りに過酷であると思う。
まあいっか、深く考えるのはやめよう。
可愛らしい女子とお近づきになれた。
それでいいではないか。
俺達の天敵悪魔だけど。
でも顔が世界で一番タイプです。
どうしたもんですかねぇ。
まあゆっくり寝て明日考えよう。
明日になったら近隣に天使大量降下して俺無敵モードになるかもしれないし。
ひょっとしたら悪魔殿がちょっとだけ、ホントにちょっとだけ可愛くなくなるかもしんないし。
何が起こるかわからないけど、念のため羽根のメンテナンスだけはしておこう。
うん。