09:次なる追手
創人を後ろに乗せたツグミコはバイクを走らせる。林を抜けると、高校が物理的に崩壊したという情報を聞きつけたために、かなりの人が群れを作り現場に向かおうとする姿を拝めた。しかし、そのような特殊な光景はすぐに見られなくなり、何の変哲もない道のりを二人は進んでいった。
ニ十分ほど運転していると、先方で車の渋滞が目立ってくる。
バイクであればある程度はすり抜けをして進むことができるのだが、ツグミコはその選択を行わなかった。渋滞を避けるように脇道に移動し、その先でファミレスを見つけるとバイクを停止させた。
「ここ?」
「腹ごしらえするだけ。私、今日何も食べてないし」
「ああ、そう」
と、自身の腹に手を添える創人。普段夕食を食べる時刻と比べると早いものの、本日の出来事の多さにエネルギーをかなり奪われ、彼も空腹感を感じていた。
「いらっしゃいませ」
入店とともに制服を可愛らしく着こなした女性店員が、満点の笑顔であいさつをしてきた。
ツグミコは手の甲を相手に向けた状態で、人差し指と中指、二本の指を立てる。
「二名、禁煙席で」
「当店は全席禁煙席となっております」
店員に修正され、普通なら恥ずかしがるところであるが、ツグミコは顔色一つ変えず、何食わぬ顔で案内された窓側のテーブル席へと座った。
「さ、好きなのを食べなさい。私がおごるから」
ツグミコはポケットから数枚の一万円札を取り出した。
「そのお金、本当にアンタのでいいのか?」
創人はツグミコを泥棒として認識している。イグノトゥスという摩訶不思議な物体を手に入れるために人間ごと誘拐し、その経緯で学校へ侵入や建物の破壊もいとわない。当然、所持しているお金も盗んだものだろうと疑っていた。
創人は眉間にしわを寄せてツグミコを見つめる。しかし彼女は何の弁明もなく、店員呼び出しのブサーを鳴らした。
「え!? まだ見てないんだけど!」
「ご注文お伺いいたします」
「来るの早いんだけど……!」
創人がツッコミを入れてしまうほど、店員の到着は早かった。入店時の案内をした店員と同一人物である。
「カルテットビーフステーキとドリンクバーのセット、エベレスト盛りポテト、焼きほうれん草」
メニュー表を全く見ず、頭に思い浮かべた商品をそのまま注文するツグミコ。ただひたすら食欲に従い、食べたいものを食べるのが彼女の食事の流儀なのだ。
「……じゃあ俺も、カルテットビーフステートのセットで」
「ご注文確認させていただきます。カルテットビーフステーキのセットがお二つ、エベレスト盛りポテト、焼きほうれん草がお一つでよろしいでしょうか」
「はい。じゃあドリンク取って来るから待ってて」
店員が去らない内に、ツグミコはドリンクバーへと足を運んだ。
「せっかち……」
つかみどころのないツグミコの行動に、創人は開いた口がふさがらなかった。
ツグミコは左右で二杯ずつ、計四杯のドリンクを抱えてテーブル席へと戻ってきた。
「これからのことだけど、今夜はこの辺で寝床を探すことにする」
うち二つのドリンクを創人のほうに渡し、座ると同時にツグミコは話した。
「なんで?」
「さっきの渋滞見たでしょ? あなたの高校が崩壊したのをテロ認定して、非常線張ってる可能映が高いの」
ツグミコはストローでドリンクをかき混ぜ、一瞬間を置いた後に話を続ける。
「だからほとぼりが冷めるまでは大人しくしてる。傍から見て私たちは不審者じゃないし、あなたの捜索願が出るのももっと後になってからだろうし」
「なら普通に非常線突破できない?」
「できない。免許持ってないから」
驚愕の一言を、ツグミコは表情を一切変えずに発した。
「もうやだぁ……」
創人はテーブルに伏せて悲しみの涙を流す。息をするように罪を重ねるツグミコと、可能ならすぐさま距離を置きたくて仕方が無かった。
それから二人は注文した料理を食べ終え、ドリンクを腹が膨れるほど飲みつくした。
「ふぅ……」
自らの腹を擦り、ツグミコは満足感を得ている。
その一方で、創人は憂鬱な表情で天井を眺めていた。食欲を満たし冷静になると、この先の不安や、モラルの欠如した人間と行動を共にしなくてはいけない失望感で気が削がれている。
落ち込んでいる創人を引っ張りつつ、ツグミコはファミレスを出た。バイクを止めた駐車場へと出向く彼女であったが、そこで思わぬ事態にあった。
「手を挙げろ!」
二人はメットを被り、バイクにまたがろうとした。その瞬間、黒いレザー素材のツナギを着た集団に二人は囲まれた。
「大人しくしていれば危害を加えることはない!」
謎の集団は銃をツグミコと創人に向ける。
「だだだだだ……どどど、どうしよぉ……!」
心臓をバクバクとさせ、震えながら両手を挙げる創人。一方でツグミコはこの状況下でも表情を崩さない。
ツグミコは目をつぶって両手をゆっくりと上げる。それと同時に、彼女の靴底から一気に煙が放出、囲んできた敵の視界を一瞬にして奪う。
「来なさい!」
相手が混乱している隙を突いてツグミコは創人の腕をつかむ。すぐさまバイクにまたがり、エンジンを吹かせた。
煙が収まり視界が回復した頃、ツグミコと創人が残したものはバイクの轟音だけであった。
ツグミコは公道を右往左往しながら走っていた。彼女の腰に手を巻く創人は、追手への恐怖心から腕に強く力がこもっていた。
「ねえ、あの煙もイグノトゥスってやつ?」
「あれはただの煙幕。基本的忍法ね」
ツグミコが扱うのはイグノトゥスだけではない。初対面が忍者装束だったのはただの趣味ではなく、忍術を心得ていることの証でもあるようだ。
「イグノトゥスはこっち」
ツグミコは細長い双四角錐型の道具を見せてきた。
「え?」
それが一体何を示しているのか、情報が少なすぎて創人には理解できない。
「インケプティオクラウィス……鍵。これでこれを動かしてる」
指示語を重ねるツグミコ。謎の道具でハンドルを叩く動作から、創人はなんとなくその真意に気付く。
「あぁ……!」
自分が今現在乗っているバイクが、林で乗ったオフロードバイクとは別物であることに気付いた。
先ほど乗っていたバイクとは対照的に派手な柄やカウルが目立つ、本来の持ち主の趣向があふれ出た乗り物である。
それ以上の説明はなかったが、双四角錐型のイグノトゥスが、あらゆるものの〈鍵〉の代用が可能であることは創人にも想像ができた。ツグミコはそれまで乗っていたバイクに何かしらの細工がされた可能性を加味して別のバイクで逃走したのである。
イグノトゥスの力に感心する創人。その一方でツグミコは深刻な表情をしていた。
(それにしても……。この短時間でどうしてここまで特定できたんだ……?)
ツグミコは追手に対し大きな違和感があった。痕跡を残してはいるものの、それぞれは点在していて、それを結ぶにはかなりの時間を要すると踏んでいた。
しかし実際はそれを短時間で結んだ者がいる。追手の背後には膨大な情報の収集・処理を行える存在がいる。ツグミコはその得体の知れなさに警戒心が高まっていた。
街を駆け巡り続け、ツグミコはなんとか検問の抜け道を見つける。その後、高速道路へと入り、とにかく自分の移動範囲を広げて発見されにくくすることに専念した。
追手が付けていないか周囲を鋭い眼光で見渡していると、ミラー越しに一台のバイクが自分たちを追っていることを発見した。
もの凄い速度で近づいてくる相手を振り払うべく、ギアを上げるツグミコだが、相手はそれ以上の加速度で距離を縮めていった。
距離が近づくにつれ、相手の詳細が明確になっていく。相手は男であり、全身が黒で統一されたライダースーツを着ている。スーツは男のガタイの良さを強調しているほか、赤と白を基調としたヒロイックなバイクのデザインをより目立たせていた。
「なんか……あの人さっきから俺たち追ってない?」
「そうね。まぁ、振り切るけど」
危険運転をする二台と関わらないよう他の車は距離を開け、一対一のレースが始まった。




