08:科学許容外品回収部隊
激闘が繰り広げられ荒廃と化した風雲児高校では、消防士や警察が出動し、救助活動や避難誘導が行われていた。
立ち入り規制も行われ、現在現場付近に民間人はいない。警察による異常な現場の捜査が始まっていた。
操作中、一人の鑑識が不自然な穴を発見する。これはツグミコが逃走の際に造ったものだ。出口から泥を流してフタはしたものの、入り口付近の不自然さまでは消せていなかった。
「なんだこれは……」
事情の知らない者からすれば、不可思議極まりないものである。意味が分からずじっと穴を見つめていた鑑識の元に、体格のいい男が現れた。
「科学許容外品によって作られた可能性が高いですね……」
男は近くでしゃがみ込み、穴を観察する。赤いジャケットを羽織ったその風貌は異様に目立ち、鑑識は穴よりそちらのほうに注目を向けた。
「き、君! 何者だね?」
鑑識はドギマギしながら尋ねる。
「……失礼しました。私は科学許容外品回収部隊第一班、夜鳥功実です」
夜鳥と名乗った青年は、警察手帳型の手帳を取り出し、身分証明を行う。鑑識に深くお辞儀をするその姿勢は、彼の生真面目さを端的に表している。
「か、科学……? ええっと……」
「ご存じないのですね。超常現象を起こすような物品の悪用を防ぐため、回収および保管を行う組織です。中でも第一班というのは科学許容外品の確率が高い案件に対し直接捜査する……」
夜鳥は丁寧に自分の所属団体について説明を始める。それを耳元に付けた小型デバイスから発する音声が遮った。
『夜鳥、それ以上の説明は現場指揮に任せておきなさい』
声の主は二俣仁王、彼もまた科学許容外品回収部隊第一班の一員である。夜鳥の装備している小型デバイスのカメラから各情報を取得し、本部から的確な指示を仰ぐ作戦参謀にあたる。
「そうそう、俺たちは許容外品回収が仕事だからね」
夜鳥とは別にもう一人、赤いジャケットを着たスキンヘッドの男性が夜鳥を肘でつついた。彼も同じく科学許容外品回収部隊隊一班の一人で、名は深山悠という。
「そうしねえと……」
深山は崩れた校舎を眺める。リアリティを微塵も感じられない恐ろしい光景が目に映り、表情は重くなっていった。
「この被害……相当ですね」
夜鳥も校舎を見て眉をひそめる。
「ガレキに紛れてヘリとか装甲車の残骸が残ってる。相当な破壊力がある許容外品ってわけだ」
そう言って深山は唾を飲んだ。得体の知れないものへの恐怖により彼らの背筋は冷え、警戒心を高めていった。
その時、二俣とは別の人物が二人のデバイスに声を届けた。
『こちら金色、興味深い情報を手に入れましたわ。乱れた姿の金髪成人女性が塀を越えて学校から飛び出したとか……。今回の許容外品の関係者である可能性、かなり高いのではないかしら』
特徴的なお嬢様口調でねっとりした声質の女性、下の名前は楼愛と言い、彼女もまた回収部隊に属している。
『ウム、そうか……。だいたい分かった。金色は校庭中ほどにいる深山たちと合流してくれ』
「もう、来ていますわ」
金色は既に二人の背後に立っていた。自信に満ちた顔つきでモデルのように立ち尽くす姿は、底知れぬ煌めきを感じさせる。
『話が早い……』
そう言って二俣は三人に向けてデバイス越しに高校で起きた出来事の推測を述べ始めた。
『今までの情報からすると、ある許容外品に対して最低二人の人間が争った。片方が許容外品を手に入れて使用。そのまま穴を掘って逃げた。手に入れられなかった方は命の危険を感じて逃走……といったところだろう』
断片的なピースを的確に組み立てる力に優れている二俣、その内容は真実とほぼ相違がない。
『穴を掘って逃走したと仮定した場合、逃げた先はひと気が少なく、痕跡を隠しやすい場所になるはずだ。そうすると高校近くの林が怪しい』
「ってことは、林を側索すればいいってわけっすね」
頭をポリポリとかく深山。じっとしているのが苦手な彼は足をそわそわとさせ、今すぐにでも林へ向かいたかった。
『その通りだ。だが許容外品所持者が人質を取っている可能性もあると考慮するように』
「それはどういう理由によるものでしょうか」
デバイスを装着している耳に手を添え、夜鳥は二俣に尋ねる。
『わざわざ放課後の高校で争奪が繰り広げられた……ここが引っかかっている。高校関係者が許容外品の鍵を握っていると考えるが自然だろう。その関係で連れ去った可能性がある』
状況から既に創人のことも推測済みの二俣。夜鳥だけでなく、深山や金色も感心し、うつむく。
『高校関係者の身元については第二班に確認させ、詳細が分かり次第連絡する。君たち三人は林での捜索をしてくれ』
「ラジャー!」
三人は掛け声をそろえて返事をした。
創人とツグミコは、まだ林の中に滞在していた。ツグミコの名前を知った後、創人は自分の気絶していた間のことを教えてもらった。
「で、これからどうするの? イグなんちゃらってのを集めてるってことは、一生俺を鞘として閉じ込めるつもり?」
ツグミコへ向ける創人の視線が鋭くなる。
「それもいいけど、エクシトゥスパータの管理は別の方法で行う」
視線に毛ほどの関心も持たず、ツグミコはひょうひょうとした様子で言う。
「スブシストリクオルっていう、それで包むことで時を止めるスライムみたいなイグノトゥスがあるの。それがある場所に今から行くってわけ」
イグノトゥスの話をしている時、ツグミコは若干上機嫌になる。彼女がイグノトゥスを集めている理由が、好奇心によるものなのだと創人は感じ取った。
「エクシトゥスパータの力を抑え込められたら、あなたを解放してもいいかなって思ってる」
「それだと……俺が女のままじゃん!」
耳を傾けていた創人であったが、納得できずに強く言い放った。
「そこは妥協したら? エクシトゥスパータを納めている限りずっと誰かに狙われるよ?」
ツグミコは創人の圧に全く動じない。むしろ、なぜ怒りの感情を出しているのか不思議に思うかのように、論を突き付ける。
「それに、エクシトゥスパータのことをよく知らない人の手に渡ったらすぐに地球滅亡しちゃうし、私が持っておくほうが安全でしょう?」
「…………分かった。とりあえず今のところは従っておく」
不本意な部分がありながらも、ツグミコ以外の人物がもっと危険である可能性を踏まえ、創人は渋々承諾した。
「でもその前に家族に会わせてくれないか? 納得してくれるか分からないけど……説明はしておきたいし」
「却下」
ツグミコは厳しい。創人に自分の想定している道筋以外を通らせる気は全くないようである。
「家族の元なんてあなたを狙ってる人が真っ先に張り込む場所でしょ。リスクが高すぎる、それに……」
「せめて電話を……」
「今、手元にない」
「えぇ!? じゃあいいよ。もう分かった分かった、従いますよ!」
創人が本心では納得していないことは言うまでもない。そもそも隠す気がない。
(……後で考えるか。どう逃げるかは)
どうやってツグミコの上手を行けるか、創人の脳内はそのことでいっぱいとなった。
「分かったのなら行きましょ、善は急げだから」
「悪行のくせに……」
ひとりでに歩き始めるツグミコと、彼女に付いていく創人。ツグミコは時々周囲を見渡し、進む方向を確認している。何か目印があるのかと創人も見回すが、それらしきものは見当たらなかった。
数分歩いていると、そこにブルーシートで覆われた謎の物体が目についた。ツグミコはそれを見つけると小走りで近づき、ブルーシートを剥ぐ。
謎の物体の正体は一台のオフロードバイクであった。カウルは最小限に抑えられ、艶消しブラックのカラーを基調とされた姿は、林全体と雰囲気と合わさり不気味さが感じられる。
バイクにはヘルメットが二つ用意されていて、二人旅をすることがツグミコの予定通りであることが推測できる。
「さぁ、乗って」
ツグミコはバイクにまたがり、ヘルメットを創人へと渡した。




