07:君の名前は
創人と少女が体を重ねていたころ、マーガレットは死に物狂いで走り去り、学校の敷地外へと逃げていた。
「はあぁ……はあぁ……!」
息を切らしながら近所の公園まで足を運び、そこの公衆トイレへと入った。
個室の鍵を閉めると、マーガレットは深呼吸。落ち着いたところでスマートフォンの電源を入れ、電話をかけた。
『おやおや……随分と報告が遅いですねぇ。ニュースで大体の事情は察しましたよ』
相手は正体不明の人物。声は変声機でこもっていて、性別の特定すら行うことができない。
「そう、悪かったわね」
過剰なほどの戦力を用いたのにも関わらずボロ負けし、マーガレットは不貞腐れていた。
『おや? 私は依頼主ですよ? ひどい態度ですね。殺害だけではなく社会人としても二流でしたか』
感情を逆撫でするいやらしい口調で通話先の相手は話す。案の定、気の短いマーガレットは怒りの感情を燃やしていた。
「うるさい! だいたいフル勃起した状態で殺すなんて無茶ぶりするほうが悪いのよ!」
マーガレットの正体は殺し屋であった。裏社会には犯罪代行業界というものがあり、依頼を受けて仕事をこなすことで生活している輩が多く存在する。
『承諾したのはあなたでしょう? やれやれ……もういいです。今回の依頼はなかったことにしてください。野良の殺し屋に期待した私が間違っていました』
裏社会における殺し屋は、特定の組織に属しているものとフリーランスの二種類があり、マーガレットは後者である。相手はフリーのハズレを引いてしまったと思い、最後にいやみを言って通話を切った。
「ちょっと待ちなさい! まだ次の手はあるんだから!!」
スマートフォンに向かって叫ぶマーガレットだったが、そこから聞こえるのは通話の途絶えた音のみであった。
「クソッ! クソクソッ!!」
マーガレットは腹いせにスマートフォンを投げ、何度も踏みつけて苛立ちを少しでも解消しようとしていた。
「あの剣……あの剣さえなければ……!」
修復不能なほどに携帯電話を破壊したマーガレットは、ふとツグミコの使っていた魔剣を思い出す。敗北のきっかけとなった魔剣に対する憎しみがどんどんと膨れ上がっていった。
「いや、違う……!」
マーガレットは目をギラギラと輝かせ、これまでの怒りが消え去ったかのような不適な笑みを浮かべた。
「あの剣さえあれば……! 私はもう負けることはない……!」
発想の逆転であった。
剣が自分の手にあれば少女に負けることもなかったし、これからも無駄な費用をかけずに殺人の仕事を全うできる。
そんな企みが頭を支配し、トイレの個室での高笑いを続けた。
それから少しの時が経った頃。創人と少女は、まだ艶事を続けていた。
魔剣を完全に納刀できるまで、何度も何度も汗をにじませ、野生動物のようにぶつかりあっていた。
「あああああぁ!! また、またあああああぁぁっ……!!」
快楽の登頂に達成する創人。既に数え切れないほど到達回数を重ねているが、創人の体の火照りは収まらない。
「も、もっと……」
創人は少女の腕に伸ばすが、軽くあしらわれた。
「もう終わったから」
冷静に答える少女。すぐさま創人から離れ、衣服の乱れを直す。
「へ?」
自身の体へ目を向ける創人。そこにはゴツゴツとした筋肉に覆われた、猛々しい肉体があった。肝心の部分も、ちゃんと普段自分が見慣れているものに戻っている。
「本当に戻った……!」
創人は嬉しさによるため息を大きくつき、舞い上がって喜ぶ。次に、男の大事な部分を触って確かめた。
「うん……ある!」
触診をする限り特に問題はない、一般的な肥大化したソレだった。強いて言えば、少しヒリヒリとした感覚があることぐらいであった。
「にしても……どういう仕組みなんだこれ」
元に戻ったはいいが、疑問が解決したわけではない。
自分の身に起こっていることが常識的に考えて信じられない。創人はそんな想いをボソりと口に出した。
「それは誰にも分からない。科学的な説明をつけようがない品物……」
そんな創人の言葉を少女は聞き逃さず、これまでよりやや大きめの声量で言った。心なしか嬉しそうに話しているような雰囲気を創人は受け取る。
「面白いでしょ? こういうのをイグノトゥスって呼ぶの。日本語では科学許容外品だったかな」
「へぇ……」
聞きなれない単語に、創人は口をポカンとさせるしかなかった。
「それより、まずは服を着ないと」
少女は近くの木の幹を正面から蹴る。すると木の上方から衣服一式がドスンと音を立てて落ちてきた。
少女は裸の創人に服を投げて渡す。渡されたのは無地で紺色のジャージの上下一式、全裸の彼にとっては今一番欲しいものだ。
用意周到っぷりに驚きながらも、創人は服を急いで身につける。
少女も創人に背中を向けて忍者装束を脱ぎ、会話を続けながらもう一着のジャージに着替える。
「私はね、イグノトゥスを集めるのが目的なの。だからあなたに接触して、ここまで連れてきたってわけ」
「ふぅん……そうなんだ」
創人の返答は和やかな口調であり、これまでの反応より明るさを感じられた。
混乱しているか、説明を求めるかの二択であった彼とは別人のように思え、少女は異変を感じ取る。
「どうしたの?」
立場が入れ替わり、今度は少女が質問をする。
「ちょっと嬉しかった……。君がやっと自分のこと話してくれて」
はにかみながら答える創人、当然偽りのほほ笑みではない。
「そう……」
予想もしない言葉に少女はきょとんとした顔を見せた。
「そう言えばまだ聞いてなかったな、名前。教えてくれない?」
「名前……私の名前は……、ツグミコ」
もったいぶるように名前を教える少女。彼女と初めて出会ってからまだ二時間も経っていないが、創人の胸は険しい山道を乗り越えたような達成感が満ちていた。
(ツグミコ……ツグミコ……ツグミコ……)
心の中で、創人は何度も少女の名前を唱え、頭に刻み付けた。
次回更新は11月17日になります。




