05:無双する魔剣
少女によって創人の秘部から白い発光体が分離した。
「ウッ……アァ……」
創人はそのショックで気を失い、後ろに倒れ込む。
発光体の長さはおおよそ八十センチメートル。到底、人体にその大部分を挿入することのできる代物ではない。
空気に触れると光は収まり、その全貌が明らかとなる。
臙脂色に染まった刃、黄金色に染まった柄、発光体の正体は西洋剣であった。
刀身には毛細血管をイメージしたような、幾何学的模様が掘られている。
剣の鍔は、二つの水滴がギリシャ文字の〈ω〉を描いているような形をしている。
柄頭は釣鐘上の形で、中央部には一本の線のようなくぼみが存在している。
細部を見れば見るほど、上品なのか下品なのか分からなくなるデザインである。
ブツが発光してから剣になるまで、要した時間は一秒にも満たなかった。
マーガレットの発射した複数の弾丸が迫っている最中である。少女は剣を引き抜きながら、その弾丸を断ち切ろうと心の中で意識していた。
〈スラッシュ〉
少女の脳内に一つの単語が響く。
次の瞬間、少女は無意識に剣を持った腕をひと振りした。その衝撃波で対象めがけて推進していた弾丸の山は全て砕かれ、床に散らばり落ちた。
剣が彼女の意志と同調し、それに合わせた力を発動したのである。
「おお……!」
勝手に体が動き、少女は驚きを隠せない。
「また変な道具……」
マーガレットも、怒りが一度収まるほど衝撃を受けた。
「何なんだそれは!」
「あれ? 知らないんだ、あなたもこれ狙いかと思ったのに」
少女は剣を見せびらかし、左右に軽く振った。
〈テレポート〉
直後、少女は追撃の一手を打つべくマーガレットの目の前に瞬間移動した。
標的はマーガレットの持つマシンガン。相手の反応が追い付いていないうちに、剣を横に振るうと、マシンガンの銃身を水平に両断する。
〈ウォーター〉
さらに少女は剣を逆手持ちに変える。剣の柄をマーガレットのほうに向けると、その先から流体を勢いよく放出した。先太りの強烈な水の塊をマーガレットの腹部に直撃した。
「ぐはああああああああああ!!」
マーガレットは水圧により廊下の奥の壁に叩きつけられた。
「総てを滅ぼす無慈悲の魔剣……エクシトゥスパータっていうんだよね」
と、少女は剣の名前を語るものの、マーガレットの耳には届いていない。彼女は水浸しで倒れ込み、むせこんでいる。大量の水が口や鼻から侵入し、鼻の奥や喉から来るツンとした痛みに襲われていた。
「ゲホッ! ゲホッ! アァ!! クソ!」
足場が悪くなっている中、悪態をつきながらなんとかマーガレットは立ち上がる。
〈ソフト〉〈ロング〉
その間に少女は別の能力を発動させる。魔剣をムチのような形状に変え、刀身を二倍ほどの長さに調整した。
「こういうのもできるのか……」
魔剣についての知識は少女も完璧ではないようだった。ムチで適当な壁を叩くと、当たった部分に若干の傷ができる。その様子を見てニヤりと笑った。
「てえええええい!!」
マーガレットがナイフを持って襲ってきた。少女はムチを振るい、相手の手の甲に攻撃。ナイフを落とす。続いて足首を狙い、体勢を崩す。それからマーガレット首を絞め、少女はその背後に周り込んだ。
「分かった? あなたは私に勝てない。降参してくれる?」
「どこまでも……私をイラつかせるねぇ!」
マーガレットはまだ諦める様子がない。
「でも……私の狙いはアンタに勝つことじゃない……」
歯を食いしばりながら、マーガレットの左腕がスカートの左ポケット内へと向かった。ポケットの内部で何かしらの操作を行う。
異変に気付いた少女は同じポケットに手を突っ込み、ブツを確認。
「これは……!」
マーガレットがいじっていたのは正体不明のリモートコントローラーであった。
直後、マーガレットを叩きつけた壁とは逆方向から、校舎内に一台の装甲車が轟音をあげて突入した。ただでさえ軽トラックサイズの図体である上、ミリタリーグリーンで覆われた装甲車は薄暗い校舎内では不気味が増している。校舎内の障害物をもろともせず直進する装甲車の先には、未だ倒れたままの創人がいた。
「あのガキを殺すことさ!! ハハハハハ!!」
高らかに笑うマーガレット。
〈ウィンド〉
少女はマーガレットへの首絞めを解き、装甲車に向かって水平に魔剣をひと振りした。すると強風が吹き始め、装甲車の進行を食い止めた。さらにその風に乗り、創人の元まで宙に浮くように戻る。
〈リセット〉
〈スラッシュ〉
〈ジェット〉
少女は校舎からの脱出を試みる。魔剣は元の形に戻り、今度は校舎の昇降口側に向かってひと振りした。すると昇降口側にあった下駄場や柱など、障害となるものは木端微塵に消え去った。
出口への障害物を強引に破壊すると、今後は魔剣の柄から気体が噴出し、ジェット機のように出口に向かって突き進む。少女は創人の腕をつかみ、二人一緒に校舎外へと脱出した。
そのままジェット噴射に頼って空を駆けようとする少女であったが、それはヘリコプターの突撃によって阻止された。ヘリコプターは突如空中へ動き出し、両サイドのガトリング砲から無差別に弾丸が発射される。
ヘリコプターもまたマーガレットの遠隔操作の対象であった。遠隔操作故に射撃の精度が低いものの、当たれば一発で死につながる危険な砲弾である。力技そのものと言える強引な攻撃であった。
「ちぇっ……。早く鞘に納めたいってのに」
悪態を付きつつも、少女は冷静さを失わない。少女は地面に降り立ち、創人を寝かすと、両手で剣を持って意識を込めはじめた。
〈ビーム〉
少女の願いに応えるように剣先から青光りする太い光線が勢いよく発射された。ヘリコプターはあっけなく大爆発を起こし、残骸がゴロゴロと炎を抱えながら地に落ちていく。
ヘリコプターの撃破に一息つく暇もなく、マーガレットの猛攻は続く。
「死ねええええええええええ!!!」
彼女は装甲車へ乗り込み、車両後方の扉を展開する。そしてその中に搭載されていた無数の小型ミサイルを一気に発射した。避けることができても爆発の被害を免れるのは困難である。自分自身の被害すら考えられないほどに、しゃくに障った敵へ一矢報いたいというマーガレットの気持ちは暴走していた。
〈グラビティ〉
無数のミサイルは重力操作によって受け止められた。少女が魔剣を向ける一旦動きを止めた。続いて上へ向けると、合わせてミサイルも真上を向き、遠い空へと消えていった。
「これで最後だよ」
〈グラビティ〉〈ビッグ〉〈ビッグ〉〈ビッグ〉
剣を上に向けたまま意識を込めると、剣はどんどんと巨大化していった。重力操作と合わせてその重さを軽減しつつ、剣を数メートルの大きさにまで増大させる。
魔剣が巨大化する様子を真の辺りにしたマーガレットは、先ほどの暴走が嘘のように血の気が引いて恐怖を感じていた。物量で押し潰そうとした武力行使をたった一本の剣で抑え込まれ、勝ち目がないことを悟ったのであった。彼女に残された手段はたった一つ、逃げることである。
〈スラッシュ〉
相手が装甲車から及び腰で飛び出したのを確認し、少女は巨大化した剣を前方へ振り下ろした。
装甲車はもちろん、その奥の校舎や塀までも粉砕した。その衝撃は校庭の砂一面を沸き上がらせ、外部から様子が確認できないほどの土煙で学校は覆われた。
〈ウィンド〉
少女は自分の周りの土煙を風ではらい、砂色に染まった視界を切り開いた。




