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03:放課後の誘惑

 放課後、創人は指導室へ向かうことになった。


「はぁ……どうしよ……」


 どうにかして無実を証明したい創人であったが、方法が全く思い浮かんでいない。長丁場になるのが目に見えていてげんなりとしていた。


 さらに家に帰ってからも、家族に男子トイレの騒動について話さなくてはいけない。創人は気がめいって仕方なかった。


 建て付けの悪い指導室の扉を引くと、綾瀬先生がソファーに座って待っていた。背もたれは使わず、背筋をピンと伸ばした姿は非常にりりしかった。


「待っていたわ」


(アヤちゃんなんだ……)


 担任か教頭か、または校長か、そのあたりを想定していたので、創人は綾瀬先生がいて少し驚いていた。


 綾瀬先生は創人の部活の顧問であり、創人にとって気の置けない存在の一人である。尋問のような時間にはならないことが分かり、創人はほんの少しだけ安心していた。


「ここに座って」


 自分の座っているソファーの右隣りを叩く綾瀬先生。


「え?」


「真正面だとなんかお説教してるみたいになっちゃうじゃない? だからさ」


 綾瀬先生は口角を優しく上げた。上目遣いと相まって、創人は彼女の姿が普段よりだいぶ妖艶に感じた。


「はっ……はい……」


 普段は信頼できる教師という目線でしか見ていなかった創人であったが、今日は妙に女を意識してしまう。


(なんか調子狂うなぁ……)


 創人は緊張しつつも、綾瀬先生の横にこぢんまりと座った。膝に手を置きながらうつむいていると、綾瀬先生が手を重ねてきた。


「まず私ね、鶴城君に謝らなくちゃいけないと思ってるの。トイレの件で鶴城君が話したこと、嘘って決めつけちゃってさ」


 綾瀬先生の言葉は想像の斜め上であり、創人は思わず口を開けたまま彼女のほうに顔を向けた。


「し、信じてくれるんですか!?」


 曇っていた創人の顔が一気に晴れ渡る。


「うん。そもそも鶴城君の話、全然聞いてなかったじゃない? それなのに否定しちゃってさ……私、ダメ教師ね……」


 綾瀬先生は創人の左手を持ち上げ、両手で強く握りしめた。


「そんなことないっすよ! アヤちゃんはほんといい先生! 最高!」


 テンションが上がった状態の創人は、勢いに任せて右手を綾瀬先生の手の甲に添え、綾瀬先生と目を合わせた。しかし、彼女の顔をここまで真摯(しんし)に見たことはなかったので、思わず頬が赤らんでしまう。


 そんな創人の情欲を煽り立てるように、綾瀬先生は瞳に力を込めて熱い視線を送り続けた。


「ううん……ダメダメ。ただ話聞くだけじゃあ申し訳ないわ……。だから……、お詫びを差せてほしいな」


 創人の耳元に口を寄せ、綾瀬先生はひっそりとささやいた。全身にゾクゾクとした電流が走る。


「この部屋ってね、外からは何も分からないの。防音だし、窓も監視カメラもないの」


 綾瀬先生の声はどんどんと艶めかしくなっていく。


「そっそそそお……なんですね」


 動揺が隠せない創人。当然、頭の中は桃色の妄想であふれかえっている。


「焦らないで……ね? カギだけ締めてくれれば絶対にバレないし……ね?」


 創人の鼻先をちょこんと人差し指でつついた。それからブラウスのボタンを一つ、二つと外し、胸元の谷間をチラりと見せる。


「アヤちゃんが……いいなら……!」


 完全にその気になり、創人の下半身が熱く膨らみ始める。鼻息を荒くしながら指導室の鍵を閉め、手に汗を握らせる。


 その時、扉とは反対側の壁に大きなひびが入った。壁はクッキーが砕け散るかのように崩れ落ち、その奥から逆光の人影が確認できた。


「げっ……!!」


 人影は体格からして小柄な女。心当たりのある創人は、ものすごく嫌な予感がした。


「あなたのおちんちん、今度こそ触らせてもらうから」


 その声質と発言内容で、嫌な予感は確信へと変わった。壁を破壊したのは今朝トイレで創人が遭遇した忍者装束の少女である。


 発言後、反応をする隙すら与えず、少女はカード状のものを綾瀬先生に向かって投げた。


「きゃあああああ!?」


 頭を下げ、攻撃を回避する綾瀬先生。その隙に少女は創人の目の前に飛び移る。


「ちょっと確認するね」


 少女は創人の下腹部へと手を伸ばす。ズボンの上からソレを触り、二回ほど揉んで感触を確かめた。創人の男根は平常時より硬めになっていて、それを確認して少女は不適な笑みを浮かべた。


「でえっ……! やめてください!」


 少女の手首を強くつかむ創人。相手は綾瀬先生に敵意を示す得体の知れない存在と認識し、彼女の思い通りに刺せてはいけないと思い、拒んだのである。


 創人が腕をつかんだことにより、少女に隙が生まれる。その瞬間、タイミングよく綾瀬先生が少女の後頭部を狙った。


 ガンッ!


 部屋の本棚にあった分厚い本で綾瀬先生は少女を殴り、鈍い音が指導室に響く。少女はその場で倒れ込み、頭を押さえる。


「逃げるわよ!」


 綾瀬先生は創人の手を握りすぐさま指導室を飛び出した。




 階段を駆け上がり、上の階に向かう綾瀬先生と、後を付いていく創人。走っている最中、創人は少女のことを考えていた。


(アレ……やりすぎだったんじゃないかなぁ……)


 不審人物であったとしても、相手はきゃしゃな少女である。綾瀬先生のした行為は正当暴威としてはやや過剰ではないのか、と同情していた。


「はぁ……はぁ……。ここなら大丈夫かしら」


 屋上まで移動した二人は屋上と校舎とつなぐ扉に寄りかかって座り込んだ。

 午後の青々とした空を眺めていると、跳ね上がった心拍数が落ち着いていく。


「あの……、アヤちゃん、他の先生とかに言った方が良かったんじゃないんですか?」


 移動中は考える暇もなかったが、屋上で息を整えているうちに創人はふと思った。


「…………」


 綾瀬先生は真剣な表情で上空を見つめていて、創人の言葉に全く返答しなかった。


「あの? アヤちゃん? 大丈夫?」


「へぇ!? あっ……ごめんなさい……」


 綾瀬先生は何か考え事をしているようであった。


「……それより、本当に本当だったのね」


 彼女の声のトーンが少し低くなった。


「ええまあ」


「…………」


 今後は床へと目線を下げ、再び黙り込む綾瀬先生。憂いな顔もまた美しく、創人は引き込まれるように彼女の顔を凝視していた。


 自分と同様、この非現実的な出来事に気持ちの整理がついていないのだろう、と推測する創人。綾瀬先生が落ち着くまで特に詮索する事はやめようと誓った。


 その時、突然綾瀬先生が創人に抱き着いてきた。


「今は何も考えずに……私と一緒になってほしいの」


 予想外の展開。積極的な誘惑を再び受け、創人はまたもドキドキと心拍数を上げてしまう。同時に、いつもの綾瀬先生でないことも薄々感じていた。


 創人にさらなる追撃をするかのごとく、綾瀬先生は唇を重ねてきた。


「んっ……!」


 柔らかくハリのある唇は気分を高揚させ、綾瀬先生への違和感はどうでもよくなってくる。ここで大人の階段を登れるかもしれないという期待が膨らみ、創人は完全に身を任せた。


 綾瀬先生は舌と舌を絡め、よりディープな体験を創人にさせる。口内でグレープの味が広がったかと思うと、先生はいつの間にか口に含んでいた飴を創人に移す。


 そのまま飴を舌でグイグイと押し込まれ、創人はついゴクりと飴を飲み込んでしまった。


「おいしかった?」


 唾液がまだ糸を引いた状態で綾瀬先生が訪ねると、創人はこくりと軽くうなずく。


「嬉しい……」


 頬を赤らめると、綾瀬先生はさら愛情表現をエスカレートさせる。創人の体に乳房をこすりつけつつ、彼の股間に左手を伸ばし、ズボンの上からそわそわと彼の陰部を撫でてきた。


 体中が熱に帯び、創人の興奮状態はより高みに上っていった。


「アヤちゃん……! あっ……あぁ!!」


「どう? 気持ちいい?」


「はひぃ、そうです! いいです!」


 ギラギラと煌めく太陽も燃える関係を後押しし、二人は衣服が吸収しきれないほどの汗を掻きながら体を寄せ合う。


 創人の思考回路はどんどんとピンク色に染まっていき、それ以外のことを考える余裕はなくなっていった。


 その時である。


 創人のもたれかかっていた扉にヒビが入り、崩れ落ちはじめた。


「えっ?」


 と綾瀬先生。


「ぬわあああああ!?」


 と創人。


 予想外の出来事に二人は思わず声を出した。崩れた扉の奥には例の少女が不気味に口角を上げていた。

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