27:決戦の場所
朝食とチェックアウトを済ませ、三人はカクレガの駐車場へ向かった。
「あれ? 車は?」
創人とツグミコが行きの際に使った白い軽自動車が見当たらない。そこにあったのは一台のバイク・アマプターのみであった。
「昨日湖に行く時に使ってそのまま」
「ありゃ……」
創人は残念そうな顔をする。
「別にもともと使う気はないけどね。徒歩一時間のところだし」
ツグミコは腕を後ろに組みながら答える。必要なものの準備は昨日の時点で終えていたので、そこに焦りは一切ない。
「そっか、たったの一時間……も歩くの!?」
フィクションでしか見られないような、顔の崩れた大袈裟なノリツッコミを創人は行う。
「その道のりは徒歩じゃないと難しいか?」
夜鳥にとって一時間の徒歩はたいしたことではなく、当然のように受け入れた。それよりアマプターのほうを気にかけていて、バイクのシートを摩りながら質問した。
「別に」
「ならこれも押していく」
「それいるの?」
ツグミコはアマプターを指さした。
「昨日遭遇した巨人……究極体と呼称するらしいが、その究極体と戦うのに必要だ」
夜鳥も二人と同様、究極体との戦闘を視野に入れていた。アマプターにも装備が格納されているため、バイクごとの移動が必要であった。
「勝てる可能性は五分五分といったところだが……手段自体はある」
夜鳥もまた、究極体への勝ち筋がぼんやりと見えていた。だが、確証のあるものではなく、自信のなさが眉間のしわに現れ、表情は重いものとなっている。
「そう。ならそのシナリオを移動中に聞かせてもらうね」
究極体への勝利法に不安があるのはツグミコも同じであった。新たな対策ができるかもしれない、彼女のそんな内情が協力要請の言葉にこもっている。
「あなたは、いつでもエクシトゥスパータを出せるように準備しておいてて」
今度は創人に向けて指示を出した。
「地味に難易度が高い……」
創人は、率直な感想が思わず口から出てしまった。
山中の崖にある大きな洞窟。外光を歓迎するかのように入口は広々としていて、中を進んでいっても目の前に道が続いているか否かの判別は可能であった。
さらに進むと、サッカーコートほどの妙な空間があった。天井が崩れて光が差し込み、神々しく地面を照らしていた。
自然が創り出したバトルステージ、そこに創人の父親・零斗が来るべき時を待っていた。
人外と化していた究極体の姿ではなく、外見は若いボディービルダーである。筋肉の収縮を自在に操り、体格の変化まで可能にしているのだ。
事の始まりである二日前、この時零斗は、創人を狙う殺し屋がいるという情報を耳にしていた。妻である響子との連絡が取れなく前から、殺し屋の雇い主の特定のため動いていたのである。
雇い主についてはある程度ついていた。自分が恐喝したどこかの企業の関係者で、力の元とされている魔剣を鶴城家から奪おうとたくらんでいるのだと。その予想は見事なほどに当たり、昨晩雇い主の殺害に成功した。
その直後、ツグミコと遭遇。彼女がイグノトゥスのコレクターだと分かると、ここの洞窟の最深部を目標としていることを見抜けた。
〈刻下が凍てつく冷徹なる液塊/スブシストリクオル〉、最深部にあるイグノトゥスである。
零斗も以前、その液塊の話を聞き、訪れたことがある。それで何かをしたわけではなかったが、科学で説明のつかない物をイグノトゥスと総称することをそこで知った。
そんな経緯があったからこそ、洞窟に広がる神秘的な場所で、零斗は猛々しく突っ立っている。強化された肉体では、数日飲まず食わずでも体に何の影響も出ない。また、彼自身も追うより待つことが好きな性格、故にじっと待ち続けることができた。
来る、きっと来る。零斗は信じて疑わなかった。ツグミコと一戦を交え、彼女が意地っ張りで一度決めたことを譲れない性格だと確信したのだ。
そして来た。
洞窟に来ることは到底想定していないような格好の少女、素材の光沢による反射光が目立つライダースーツの男、一歩後ろで肩をすくめる青年。
ツグミコ、夜鳥、創人である。三人もまた零斗を認識した。
「待っていたよ」
零斗は後ろに組んでいた手を放し、腕組みへと姿勢を変える。言われた側であるツグミコ達は、相手の正体を聞くまでもなかった。
「……予想通り。行くよ!」
ツグミコは創人の股間に手を伸ばした。創人のソレは既に準備完了であり、半ズボンのチャックから取り出しやすいように露出をしていた。左手でナニをつかみ、ツグミコは手際よく魔剣を引き抜く。
妖しく輝く臙脂の刃をツグミコは構える。女体化した創人は戦いの邪魔にならないよう、また一歩下がる。
夜鳥もすぐさまアマプターにまたがり、ハンドルにあるボタンを押す。警告音が洞窟の奥まで響き渡り、マシンの各部に付属していたアーマーがキャストスーツに装着されていく。
傷やほころびが目立つものの、夜鳥はホーパーへの変身が完了した。
彼らに合わせて零斗も全身に力を込め、究極体に変化する。
ホーパーはアマプター内に装填されている中型銃と、右腿にある小型銃をそれぞれ持ち、上空に向けて引き金を引く。
〈アスポート〉〈ストップ〉
続いてツグミコが銃弾を究極体の周囲に転送し、空中で静止させた。究極体も一連の状況を認識、下手に動くと銃弾がこちらに向かって動いてしまうため、むやみに飛び掛かることができなくなってしまった。
これがツグミコの考えていた対策である。魔剣の力を無効化するのであれば、無効化しないほうが有利な状況を作るというものである。だがこれだけで倒せるわけではない。
この状況を勝利につなげるため、ホーパーが攻撃を仕掛ける。究極体に突撃、ショルダータックルを食らわす。
究極体は少し退いたものの、大したダメージではなかった。顔面への膝蹴りで反撃する。
直接の戦いだとまだホーパーの分が悪いことに変わりはなかった。
〈スモーク〉
そこで第二の策を講じるツグミコ。フィールド全体が煙で包み込まれる。ホーパーは背中のジェット噴射を使い、究極体と距離を取った。
煙の中に隠れたホーパーを追おうとする究極体、しかし前方で進むと銃弾のトラップが発動し、被弾してしまった。
〈テレポート〉
〈グラビティ〉
ツグミコは空中へ移動した。このままではこちら側も相手が見えないので、次なる能力を俯瞰で見える位置で発動する必要があった。
〈シースルー〉
〈シースルー〉〈グラント〉
ツグミコは透視能力で煙の中の状況を把握。究極体の周囲にはこの能力は効かないが、そもそも視界を奪っている煙も究極体の範囲内にはないため、問題はなかった。
加えてホーパーにも同様の能力を付与。これにより、究極体だけが視界妨害を受けている状態になった。
〈アスポート〉
ここで使うのが不意打ち攻撃である。ツグミコがホーパーを究極体の背後に移動させると、ホーパーは敵の腰に飛び蹴りを食らわせる。
そして反撃を受ける前に再び雲隠れ、着実に究極体の体力を削ろうとする。
〈アスポート〉
うなじへのエルボー。
〈アスポート〉
背中への頭突き。ホーパーは戦法を繰り返していった。
究極体は不意打ちの物理攻撃や、トラップとして空中で浮遊している銃弾を受け続ける。
一方的な攻撃に劣勢の究極体だが、何発か弾丸を受けているうちに、これが大したダメージでないことに気付いた。
「チマチマと……実にみみっちい攻撃だ」
究極体は被弾前提でフィールド内を四方に飛びまくった。煙をかき消し、不意打ちを取らせる前に先制攻撃を仕掛ける。




