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25:夜鳥の思惑

 なんやかんやあって創人は男に戻り、三人は旅館への帰路を歩き始めた。夜鳥がアマプターを押しながら先頭を歩き、創人とツグミコが続くように手ぶらで後を追う。


 辺りに街灯は無く、三人に視界を与えてくれるのは星の輝きだけであった。


「少女……君のことはツグミコと呼べばいいか?」


 草木の揺れる音しかない静寂の中、夜鳥の声は二人の耳に響くように入っていく。


「呼び方を指定できるの? なら、タクハタチヂヒメノミコトって呼んで」


 ツグミコは冗談か否かの判別が付けづらい事を言った。その真意は彼女のみが知る。


「真に受けちゃダメですよ……! ツグミコですから、ツ・グ・ミ・コ」


 夜鳥が本気で受け取ると思い、創人が念を押して訂正した。


「ふむ……ではツグミコでいいか。ツグミコ、あの巨体について何か知ってるか? 明らかに人間の身体能力ではなかった」


 戦うことで分かったその異常性、夜鳥は巨人も科学では許容できないアイテムによるものだとにらんでいた。


「それにさ、魔剣もおかしかったよね? ツグミコ何か知ってるでしょ」


 創人は巨人の体格や身体能力より、巨人がバリアで守られたかのように伸びた魔剣の刃を受け付けなかったほうに違和感を覚えていた。


「うん、知ってる。あれは魔剣の副産物を最大限受けた状態」


 そう口にすると、ツグミコの目は鋭く険しいものとなった。


「魔剣を長期間体内に入れていると、屈強な肉体を手に入れられるし、魔剣を無効化できる範囲が広がるの」


 ツグミコの体は震えていた。淡々と話してはいるものの、実際に会遇し、魔剣も聞かず片手を失った経験が、大きな恐怖として襲ってきているのだろう。


「そんな副産物があったとはな……」


「って……ちょっと待ってよ! 長い間体内に魔剣を入れるって……」


 さらりと説明された言葉の中に、創人は引っ掛かりを感じた。


「そう。あなたの父親である可能性が高い」


「えぇ……!? 行方不明のままの父さんが……!」


 創人は背筋にゾっとした寒気に襲われた。父親が生きていたという喜びより、父親が人外化し自分たちを狙っているというショックのほうが大きかった。


「厳密に言うと父親と呼んでいいのかって話になるけどね。元は女の子だし」


「それはどうでもいいよ! 何で父さんが生きてるんだよ! 何でここに来たんだよ!」


「その辺は、おおかた予想できなくもないけど……」


 ツグミコは悲しそうなまなざしを星空に向け。ゆっくりと語り始めた。




 ちょうどツグミコの話が終わったあたりで旅館に到着し、今夜はここに泊まり、翌朝回収部隊に保護してもらうことで意見が一致した。



「ふむ……彼女の話とズレはないな……」


 自室に戻った夜鳥は連絡をしようと真っ先に携帯電話に手をかけたところ、メールの通知を発見する。夜鳥は自分宛に送られたメールの内容をひと通り読み、ツグミコの話との整合性を確かめていた。


 ツグミコから出た話は大きく分けて二つ。魔剣の副次効果のことと、鶴城家のことである。


 メールの内容とツグミコの話、両者の内容からそれぞれの話が信ぴょう性のあるものだと夜鳥は判断した。


 プルルルル……プルルルル……。


 ひと段落付き、夜鳥はやっと本題である保護要請のための電話を掛けた。


『はい、こちら鬼です』


「お疲れさまです、夜鳥です。夜遅く申し訳ございません」


『全然平気、ちょうど雑談したかったところだから』


 時刻は九時を過ぎていたが、鬼は嫌なそぶりを全く見せることなく話してくれた。


『そうそう、アレ聞いた? 鶴城響子たちが起きてやっと本当のこと話してくれたってやつ』


「確認しました、金色からメールが来ていたので。あと、申し訳ないですが雑談目的での電話ではありません」


 話が逸れないようあらかじめ釘を打ち、夜鳥はゴクリと唾を飲む。


『え? まさか……』


 それを聞き、鬼の声色が一気に真面目なものへと変わった。


「はい。鶴城創人と彼を誘拐した少女と遭遇しました」


『それで!? どどど、どうなったの!?』


「二人もここの宿に泊まっています。休戦中といったところでしょうか」


『それはすごいな……一体どういう状況で?』


「最初は創人君の取り合いとなっていたのですが、創人君の父親……いわゆる究極体と思われる人物が現れまして、私も少女のほうもかなりのダメージを受けてしまいました」


 自分が戦った巨人を、メールに書かれていた〈究極体〉と呼称する夜鳥。


『え? そっちとも遭遇したの? 信じられないなぁ……』


 偶然の重なりに驚愕(きょうがく)した鬼は、そこで言葉が止まる。夜鳥が無駄な嘘を付かない性格であることを知っているため、事実であることは受け入れてくれた。


「はい。相手が追ってこなかったのでなんとか逃げられましたが……。究極体の目的は創人君と剣を取り返すことだと思われます」


 究極体の目的は帰路で聞いたツグミコの推測であった。他の情報と照らし合わせ、その推測が理屈に沿っていると思ったため、夜鳥は鬼にも伝えることにした。


『そうだったか……逃げれてよかったな……』


「危機一髪でした……。創人君も少女も、回収部隊の保護を望んでいます。翌朝でいいので運搬車の調達をいただけますか?」


『うん、それはできるけど、女の子って今どうしてる? 逃げられない状況?』


 鬼はなんとなく、悪い予感がして質問をした。


「いいえ、特に拘束はしていません、正直のところ、完全に信頼はしていません」


 夜鳥も、ツグミコを疑っていることを打ち明けた。口にこそ出さなかったが、最初に保護を承諾した時から、彼女の心変わりに不自然さを覚えていたのである。


「ですが彼女が衰弱しているのは事実ですし、ここで朝まで拘束を続けるのも得策ではないと思っています」


 その上で、ツグミコを放置している理由を夜鳥は述べた。


 現在彼が保有している装備はキャストスーツとアマプターのみ、そこに拘束具などは含まれていない。さらに、周りに関係者が全くいない状況で個人の拘束を行うこと自体も難しい。そうなると、疑わしいと思っていても放置し続けざるを得なかった。


「負傷度合いから逃げるにしても一人。最低限、創人君の保護だけは達成できるかと……」


 放置している理由はまだあった。創人自体は保護できる見込みがあるからである。回収部隊の本質はイグノトゥスの回収、ツグミコを捕まえるのは二の次である。


『なるほどねぇ、分かった』


 夜鳥の考えを鬼は納得した。


『それはそれでいいとして、私から別の提案があるんだけど……』


 その上で、ツグミコを逃さない手段を鬼は述べようとした。


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