24:休憩
ホーパーは森を抜けた先、舗装された道路までたどり着いた。道脇に生えている木には、ツグミコが尻を付いた状態でもたれていて、その隣ではアマプターが横たわっていた。
相変わらずツグミコは、右手首を抑え、苦しそうに歯をかみしめながら荒い息遣いをしている。
引きちぎれた右手首を見て、ホーパーはすぐさま魔剣を向けた。
「治癒はできないよ……滅ぼす力を持つ魔剣だから……」
総てを滅ぼす無慈悲な魔剣――その名の通り、滅びとは反対の性質を持つ再生能力は存在しなかった。ツグミコは向けられた剣がなんの反応を見せなかったことから、ホーパーの行おうとしていることを察した。
「石化……、石化を……」
「セッカ……? 石にしてふさぐのか」
〈ペトリファクション〉
か細い声を聞き取り、ホーパーはツグミコの右手に剣を向けたまま、石化を念じた。ツグミコも傷口を突き出し、前腕がみるみる石のような外見に代わっていった。
痛みも治まったのか、ツグミコは石化した部位をコンコンと指先で叩いて状態を確認した。硬い鉱物を叩いたかのような音をしていて、ツグミコの右腕はしっかりと石化していた。
ひとまずは応急処置ができたので、創人はほっと肩をなでおろした。
その矢先、今度はホーパーがふらつき、体勢を崩した。
「どどっ! どうしました!?」
地に膝を付けたホーパーに、創人が駆け寄る。
「大丈夫だ……ちょっと疲れが出ただけだ」「
魔剣を杖のごとく支えとしながら、再び立ち上がるホーパー。しかし、しっかりと立つことができず、フラフラと不安定なままである。戦いで蓄積したダメージが、全身をむしばんでいた。
「いいですよ、休んだほうが! あのでっかいの俺見ました、追ってきてないのを」
創人は慌てていたので、文法のめちゃくちゃな日本語で、ホーパーを休ませようとした。
「魔剣は俺が持ちます! だから!」
「……今のうちに、体力を回復する必要があるか」
創人の言葉だけでは警戒心をぬぐえなかったが、自分が今正常に戦える状態ではないとホーパーは客観的に判断した。
魔剣を創人に渡したホーパーは、倒れたアマプターを起こし、またがる。ハンドルバーの中央についた液晶画面の操作を行った後、右ハンドルのスイッチボックス内の最も目立つ赤いボタンを長押しする。
すると、早戻しをするかの如く、ホーパーの全身を覆っていたアーマーがバイクのほうへ戻っていった。巷でいう変身解除である。
ヘルメットを外すと、硬直しきった緊張を弛ませるかのように夜鳥は大きく深呼吸をした。そのままバイクを降り、ツグミコのいる木に向かい、同じくもたれかかった。
ツグミコも、夜鳥も、巨人との戦闘で消耗しきっているのは一目瞭然であった。二人とも何か言うわけでもなく、ひたすら休養を取っていた。
「…………」
創人も何も言わず、二人の間におとなしく体育座りをした。
そのまま巨人が追って来ることもなく、あっという間に三十分がたった。
秋から冬へ移行している今の季節、へき地の夜は寒く、いつまでもいられるような環境ではなかった。
創人はずっと視界に入っていたアマプターを見て、ふと思ったことを口に出した。
「そういえば……夜鳥さんのバイクって、通信とかできないんですか? 応援呼ぶみたいなの」
外部との連絡手段さえあれば、温かく、休むのに快適な空間へと運んでくれる救助を望めるのではないかという考えであった。
「本部と連絡はできる……が、肝心の本部が機能していない」
深くため息をつく夜鳥。ホーパーは周りのサポートありきの設計のため、単独では戦闘能力ぐらいしか誇ることができない。
「あぁ……、そう、そうですよねぇ……」
創人は若干の気まずさを感じた。連絡が呼べるのならもうしているに決まっている、と思い返し、わざわざ訪ねたのが恥ずかしくなる。
さらに体を縮こめる創人をよそに、夜鳥は重い腰を上げ、起き上がった。
「だが宿に置いてある携帯で連絡自体は取れる。ここにずっといるわけにもいかないし、君たちを保護するためにも、戻ろう」
静養を終えた夜鳥は創人とツグミコの目の前に移動し、二人に向けて右手と左手をそれぞれ差し伸べた。
創人は素直に差し伸べられた手を受け入れ、自身も立ち上がった。
問題はツグミコである。彼女が回収部隊の保護を承諾するか、創人は心配であった。
「賛成」
創人の心配は杞憂であった。夜鳥と手を重ね、ツグミコも立ち上がった。
「争う体力もないし、旅館に戻らなきゃ」
ツグミコはあっさりと保護される選択をする。
巨人との戦いでの強情な姿勢はどこへ行ったのか、創人はまた、彼女の気持ちを読み取ることができなかった。
「そっか……うん。そうだよな。この辺たしか一本道だったし」
下手に詮索して考えが変わってしまっても困るので、特に言及はしなかった。創人は道路の中央に飛び出し、左右をキョロキョロと眺める。
「道なりに進めば戻れる。こっちだ」
夜鳥も続くように道に出て、旅館への一路を指さした。
「そっちですね」
指を眉にかざし、創人は遠くを眺める。そのまま出発をしようと思っていたが、ツグミコが二人の元に来ない。彼女は立ったまま木に寄りかかった状態を維持していた。
「その前に……魔剣しまったほうがいいんじゃない? ずっと手に持ってる気?」
第三者がいつでも魔剣を奪えかねない状況に、ツグミコは危険性を感じていた。
「あー、確かに……」
またツグミコと体を重ねることを想像し、創人の顔はゆでたかのように赤くなる。
しかし、この場には夜鳥もいる。第三者に自分が甘い声を出し、悶えている姿を見られるのは、考えるだけでも逃げたしたくなるほど照れくさい。
「えっと、じゃあ夜鳥さん……その、すぐ終わると思うんで、俺とツグミコがその……してる間は……」
やんわりと離れてほしいと伝えようとする創人。
「見聞きできない場所まで離れてほしい、と言いたいのだな。分かった」
さすがの夜鳥もこれぐらいは相手の気持ちを察せた。反対側の道端へと向かおうとする彼に、ツグミコがストップをかける。
「いや、片手使えないからあなたの手を文字通り借りたいんだけど」
「ええぇっ!?」
「なんだと……!」
創人と夜鳥は驚愕し、顔が引きつった。




