23:ホーパーvs巨人
死を目撃することを拒む創人は、顔を両手で抑えた。
ガキンッ!!
次の瞬間、創人の耳に入ったのは金属音であった。やや不快さのある擦れた音は、人体からは決してでないものだ。
手をゆっくりと開くと、そこにはホーパーが巨人の爪を腕で食い止める姿があった。
「創人! 彼女を連れて逃げろ!! ここは俺が食い止める!」
ホーパーは巨人の爪を押し返して叫ぶ。全体重をかけてタックルを仕掛け、巨人を押し退ける。ホーパーの馬力は凄まじく、単純な力勝負では巨人と対抗するのに十分であった。
ホーパーは巨人とツグミコの距離を難なく離すことに成功した。
(せっかく作ってくれたチャンス……! 今動かなきゃ……!)
創人は固まった腿を自らの手で何度も叩き、鼓舞をした。すると足がスっと軽くなり、ツグミコの元に駆け寄ることができた。
その間にもホーパーはさらに巨人への追撃を行う。敵の持っている魔剣を奪い返そうと膝や手刀で右手首を攻撃する。
巨人も一方的にやられているわけではなかった。執拗な攻撃を受けても強く握られた右手は微動だにせず、ホーパーの腹部めがけて反撃の膝蹴りを食らわす。
「グウゥッッ……!」
特殊合金によって高い硬度を誇る装甲でも完全に攻撃を受け止められず、体内にまで衝撃が響く。耐えきれず怯んでしまい、腹を抑えるホーパー。攻撃面では対抗できても、防御面では劣勢であった。
「逃げても無駄だ。君たちの最終目的地はおおよそ把握している」
巨人はツグミコと創人に向けて、落ち着いた口調のまま警告をした。自らの攻撃を受けた様子から、ホーパーが自分の脅威になることはないと感じたことによる、余裕の表れである。
だがホーパーも簡単には諦めない。相手の余裕が生む隙を見逃さなかった。うずくまった姿勢からさらに低い体勢となり、巨人の足首に回し蹴りを決めた。
「油断、感謝するぞ!」
巨人はバランスを崩し、よろめいた。ホーパーは続いて腕を振り上げ、顔面にめがけて打撃を与えようとする。巨人も負けじとカウンター攻撃を狙い、握り拳を伸ばす。
音速で繰り出される両者の拳は、お互いの顔に激突し、その衝撃音が森に木霊した。
身を削る勢いでホーパーが巨人と戦う一方、創人はツグミコを介抱するので精一杯であった。
「ツグミコ、大丈夫か!? 大丈夫じゃなくてもここから離れよう!」
「足手まといでしょ……あなただけ逃げて……」
衰弱したツグミコは助けを拒んだ。彼女が別人のようにしおらしくなっていても、創人は対応を変えなかった。
「んなことない! お前がいなきゃ右も左もわかんねえだろ!」
創人はツグミコを抱えようとする。彼女を仰向けにさせた後、背中と膝裏に腕を入れ、持ち上げようと腕に力を込めた。
「とっ……どぉ……!」
ここで、創人は自分の非力さに気付く。男の時とは違い、今は華奢な女の体。そこに屈強な肉体は存在せず、筋力にはかなりの差があった。平均より大きめな背丈のツグミコを持ち上げることができなかった。
力任せに持ち上げようとしたが、腰に負荷がかかり電撃が走る。
「あがっ……」
「ほらね」
「いやいや! 何のこれしき! ぐうぅ……!!」
ムキになる創人だが、どんなに頑張っても現実をひっくり返すことができない。焦りと疲労から来る汗がダラダラと皮膚からにじみ出していた。ツグミコも手首からの出血は止まらなず、地面に血が流れ続ける。
(ダ、ダメだ……)
創人の顔が引きつり、青ざめていく。
その時であった。猛然としたうめき声がどこからともなく聞こえてきた。
「グハッッ……!!」
叫び声に反応して空を見る創人。すると、ホーパーが宙に吹き飛ばされていた。
ホーパーは頭から落下し、ちょうど湖の岸辺に打ち付ける。スーツ全体が傷ついており、アーマーの一部は損傷し、内部の機械的部分が露呈してしまっている。
「夜鳥さん! そんな……!」
頼みの綱であるホーパーの倒れる姿を見て、創人は一筋の涙が流れてしまった。せっかく作ってくれた時間を有効に活用できず、ただ命を張らせてしまった自分の悲しさが仕方なかった。
心を締め付ける展開が続いてきた矢先、創人の目の前に魔剣が空から降り落ちてきた。
驚いて巨人を見ると、あの巨人が魔剣を手放していた。ホーパーは、死に物狂いで魔剣を巨人から弾き飛ばしていたのである。
「チッ、中々だな」
巨人はそれまで魔剣を持っていた自身の手のひらを眺め、悪態をついていた。
「良かった……、良かった……!!」
創人は希望の二文字が見え、嬉しさによる涙粒が悲しみの水を押し出していく。こぼれる涙を拭いつつ、創人は魔剣をホーパーに渡した。
「まだ良くはない……!」
ヨロヨロと立ち上がるホーパーは剣を握り、巨人が来ないうちに力を使った。
〈アポート〉
〈アスポート〉
まずは自身がここに来た方向に剣を向け、移動手段であるアマプターと、最高戦力であるブリザードランチャーを倒れているツグミコの横に引き寄せた。続いて、引き寄せたそれらとツグミコを遠方に転送し、この場から消し去った。
〈ジェット〉
最後にホーパーは創人を抱え、空へと飛び立った。
向き合うように抱えられたため、創人は空から巨人を見下ろすことができた。
「…………」
巨人は特に追おうとする様子はなく、自分たちと反対側の方向に去っていった。
一安心するとともに、「君たちの最終目的地はおおよそ把握している」という言葉が真実味を増し、不安が芽生えた。




