22:ツグミコvs巨人
創人は腕に力を込め、つかんだ刃を離さまいとした。
「何言ってるの。まだ話し合いで解決しろとでも?」
妨害をされたことで不愉快な様子のツグミコは、眉をひそめながら首をかしげた。
「そうだよ。結局イグなんちゃらを集めてるのはツグミコもあの人も変わらない、だから言ってるんだ」
その言葉とともに、創人の指に入った力はより一層強くなる。
「君は根っから悪い人間じゃない。だったらこんな独りよがりな感じじゃなくて、ちゃんと地に足を着けた上でやりたいことをやってほしいんだ」
ツグミコを止めようとする創人の原動力は正義感であった。彼女の優しさを垣間見たことにより、彼女への嫌悪感は身を潜め、まっとうな道を進んでほしいという気持ちでいっぱいになっていた。
「断る」
ところが、ツグミコは躊躇なく顔面を正拳突きする。鼻をくじかれた創人は仰向けに倒れ、魔剣も手から離してしまった。
「だあああああっっ!?」
「後で絆創膏あげるね」
人ごとのような気遣いは本音か建前か、ツグミコは手を合わせて謝った。
「私はあの人とは違う。水と油。協力できるわけがない」
ツグミコの顔は一気に冷たく、とげとげしいものとなった。薄暗い中で反射する瞳が、創人は恐ろしく思えた。
魔剣が使えるようになったツグミコは、剣を器用に手元で回転させ、空へ逃走しようと考えていた。
その時である。
遠くから奇妙な声が聞こえた。
音源は湖の方向、ホーパーを飛ばした方面ではない。
湖を見ると、得体の知れない物体がこちら側に近づいてきていた。
嫌な予感がしたツグミコは、すぐさまこの場を離れようと創人の着物の袖を掴む。
だが、それは遅かった。
物体の正体は湖を泳いでいた巨人。そのスピードは陸上生物のものとは思えない。
巨人は勢い良く跳び上がり、岸辺へと着地した。
着地の衝撃はすさまじく、地ならしが起きたかのような振動が二人を襲う。
「どわああああっ!?」
「なにっ……!」
二人とも一度宙に浮きあがってしまった。空中で体勢が崩れ、ツグミコは腹、創人は背中を強く打ち付けた。
〈ロング〉〈ロング〉
ツグミコは巨人を危険な対象とみなし、相手の胸を貫こうと剣を伸ばした。
ところが、魔剣は巨人に届かなかった。巨人の数メートル手前で刃の伸びが止まってしまう。
さらに巨人が一歩ずつツグミコのほうに足を運んでいくと、それに連動するように刃が短くなっていった。
「チッ……!」
〈リセット〉
分が悪いと感じ、魔剣を元に戻すツグミコ。
「なんで攻撃が……」
二日間で嫌というほど魔剣の恐ろしさを体感した創人は、魔剣を受け付けない巨人に動揺していた。攻撃が全く効かない巨人には、不気味さしか感じない。
ツグミコは、震えていた創人の腰を抱え逃走を図る。相手が逃げの姿勢に入った途端、巨人はすばやく前方に向かって跳び進んだ。ツグミコの手の甲を覆うように魔剣の柄を力強く握る。
「いだっ……!」
巨人の握力は凄まじく、ツグミコの顔が険しくなる。巨人はそのまま腕を大きく振りかぶった。その際に手をさらに強く握ったため、ツグミコの手首はその圧に耐えられなくなり、無情にも引きちぎられた。
与えられた遠心力だけが残り、ツグミコは派手に吹き飛ばされた。奇麗な弧を描いて地面に叩きつけられ、転がり込む。
「ああああああああああっっ!! ううっ……!」
右手首を失った痛みに悶えるツグミコ。左手で傷口をつかみ、流血を抑えようとするが、効果は薄かった。歯を食いしばり、目元に涙をためる姿は、これまでの彼女からは想像もできない。余裕を全く見せらないほど相手が強敵であり、ツグミコが追い詰められていることの表れである。
「ツ、ツグミコ!!」
すぐさまツグミコに駆け寄ろうとする創人であったが、あっさりと巨人に右腕をつままれた。
「はぁ……君の体はもろすぎる。欠損の瞬間なんて見せたら子供の教育に良くないだろう」
巨人はさも自分が当事者ではないかのように言った。
「ふぅ……ふぅ……!!」
仰向けに倒れたままながらも、ツグミコは巨人のほうを向き、にらみつけた。窮地に置かれた状況下でも、戦意は消失していなかった。
「先ほどの使いこなし……噂には聞いている、イグノトゥスとやら集めてるのだね?」
ツグミコの威嚇は通じず、巨人は淡々としたまま彼女に尋ねた。
「クソっ……離せねぇ……!」
その間、自分をつかんでいる巨人の左手を必死に引き剥がそうとする創人だが、巨人は全く動じない。相手の指一本すら動かすことができず、創人は息が切れてしまった。
巨人は創人を気にも留めず、ツグミコにある提案をした。
「実は私もそれに興味があったね、できれば君の持っているコレクションを譲ってもらおうと思っている」
「承諾……するとでも……?」
ツグミコの呼吸は乱れ、声も弱々しくなっていた。それでも相手に屈することなく、威勢を張り続けた。
「断るのなら私が君を生かす必要性が無くなってしまう、それでもか?」
「…………」
答える気力すら残っていないのか、単純に言いたくないだけなのか、真意を図ることはできないが、ツグミコは何も言わなかった。ただ、深刻そうな表情を見せていた。
「それなら仕方ない」
巨人は元からツグミコの許諾に期待していないようであった。不適な笑みを浮かべ、肩を震わせる。
創人から手を放し、巨人はゆっくりとツグミコへ近づいて行った。
ツグミコは逃げよと試みるが、立つことすらままならない。寝返りを打ち、肘を支えに起き上がろうとするが、うまく体が動かず、その場でもぞもぞとしているだけであった。
「ツグミコ! 言えよ! 自分の命が一番大事だろ!」
創人は叫んだ。足がこわばり、思うように動かない中でも、ツグミコを見捨てずにはいられなかった。
しかし、その言葉は届かず。ツグミコは最期まで命乞いをすることなく、逃げようともがく。
「どうして、どうしてなんだよぉ……」
なぜそこまで強情なのか分からず、創人は落胆し、膝を地面につけた。結局一度も彼女の気持ちを理解できない。寄り添おうという感情が芽生えているのに分かり合えない自分に絶望していた。
創人の諦めの声を合図にするかのように、巨人は地を蹴り、ツグミコの首を狙おうと爪を立てる。
死を目撃することを拒む創人は、顔を両手で抑えた。




