19:また暴走
〈テレポート〉
「ふぅ……。瞬間移動とはいっても結構不便ね」
マーガレットは数回のテレポートを繰り返し、芽球雲湖の看板近くまで到着した。魔剣で行えるテレポートは自分の視界に明確に映っている範囲内であり、世界中の任意の場所に一瞬でたどり着けるわけではないのだ。
湖近くの大木の幹に、マーガレットは着替えと連絡用の携帯電話を用意していた。
マーガレットは力強く地面に剣を突き刺し、電話をかけた。
「こちらマーガレット。依頼人の鶴城創人は殺害しました。今から受け取りに来てください」
通話の相手は言うまでもない。依頼を完了したと嘘を付き、誘い出そうとしていた。
「場所は先ほど言った通り、芽球雲湖の前です。どうせ近くまで来ているんでしょう?」
魔剣を手に入れる前にも、マーガレットは依頼主に連絡を取っていた。
『おやおや、客にそんな言葉遣いをするとは……まぁ今は大目に見ましょう。最後にものを言うのは結果です。十五分ほどで到着できますので、お待ちください』
「はい、お待ちしています……」
依頼主に吐かれた毒は無視して、冷静なまま通話を切るマーガレット。
「ククク……。最後にものをいうは武力なんだよ、バカが」
勝利の手札は全て自分が手にしているという安心感が、マーガレットの感情を表に出さずに済んでいる。
高揚感で心が満たされた状態で、彼女は魔剣を突き刺したほうに目を向けた。
「……?」
しかし、そこには本来あるべき魔剣が地面に突き刺さっていなかった。
「浮いてる……どうして……?」
マーガレットは気味の悪さを感じ背筋にゾッと寒気が走る。まるで意志を持っているかのように宙に浮く姿は、己がただの道具ではないことを知らしめるようであった。
若干の恐怖心を覚えながらも、この程度で退くマーガレットではない。勝手に浮遊してしまうのなら肌身から離さなければ良い、そう思って魔剣の柄を強く握りしめた。
〈ヒート〉
その瞬間、魔剣は熱を帯びた。
「ああっ……!!」
触れた手のひらに激痛が走るマーガレット。皮膚が感知しきれないほどの高熱に、人体は痛みの信号を出すほかなかった。彼女はすぐに柄を離して湖までダッシュした。焼けた手を急いで水の中に突っ込む。
「……っつうううううぅ!!」
冷やしても痛みは消えない。手は赤く腫れ上がり、指先は思うように動かすことすらできない。マーガレットはこの惨状が悔しくて涙をポロポロと流し始めた。
〈ファイヤー〉
そんな中、容赦なく魔剣は力を暴走させていく。
魔剣はゆらゆらと自我を持つかのように三次元的に回転し、剣先から火炎を放射。森に次々と燃やし、火の海へと変えていく。
木々に移った炎は鉄色の煙を立てながら燃え上がり、どんどんと広がっていった。闇を映していた湖の水面も赤く染まる。
「どうして……どうして……!」
楽園から煉獄へ叩き落されたマーガレットは、現実に嘆くことしかできなかった。直後、自分の人生が終わることなど微塵も思っていない。
〈ビーム〉
マーガレットの胸を、魔剣は非情に貫いた。
その決定的瞬間を、ちょうど創人たちは目撃してしまった。
創人から事情を知った夜鳥はすぐさま準備を整え、赤と白のアーマーをまとった戦士、ホーパーへと姿を変えた。マーガレット追跡のため、専用のマシンのアマプターに創人を乗せて森の中を駆け巡る。最中、不自然な明かりに疑念を感じて湖の方向へと進んだのである。
燃え上がる炎の奥に、背を向けたマーガレットを発見する。直後、彼女の背中を一本の光線が撃ち抜いた。
「遅かったか!?」
ホーパーは叫んだ。その言葉にはわずかな差によって命を救えなかった悔しさ、もどかしさがこもっていた。
「あの状態はどうすれば収まるか分かるか?」
切迫した状況では後悔をする時間もなかった。ホーパーは気持ちをすぐに切り替え、魔剣の暴走を止めることだけを考えていた。
「俺が魔剣を持てば無力化できます。でも近づくのが……。魔剣の攻撃とかも直接なら無効かできるんですけど、こんな風に間接的に燃えてたら……」
急いで着た浴衣を、今になって整えつつ創人は答える。魔剣が直接話す攻撃は無効化できるものの、辺り一面の草木が炎の壁となっていて、そこまで近づくことができない。
「なるほど、そこは私がやろう。安全を確認後、創人君に譲渡する」
そう言ったホーパーは、アマプターの座席後部にある黒い箱型の荷物を手にした。
「今からブリザードランチャーを使用する。創人君は今のうちに私からできるだけ離れなさい」
「は、はい!」
命令に気が引き締まり、つい敬礼をしてしまう創人。言われるがまま全力で走り出し、魔剣との距離を取っていく。夜鳥が何をしようとしているかは理解していないが、詳しく尋ねる時間がないことだけは分かっていた。
黒い箱型の荷物は、中央のスイッチを押すと、あっという間にミサイルランチャー型の武器へと変形した。これこそがブリザードランチャーである。これは非常に強力な武器であるが、周囲への影響も多いため、慎重に使わないといけない。ホーパーも実際に使ったことはこれまで一度もなかった。
そんなブリザードランチャーをホーパーは両手で構え、照準を魔剣へと合わせる。
「…………」
照準を合わせたホーパーは、創人がこの場から離れる時間を見計らっていた。魔剣が次の力を使うまで、体を硬直させて粘っていた。
〈ノイズ〉
数秒もしない内に、魔剣から不快な音が呼び出される。ホーパーのヘルメットには五感補助機能が存在し、普段の夜鳥より聴覚が過敏になっている。そのため、金属同士を摺り合わせたかのような耳障りな音が彼の鼓膜で激しく響いていた。
「くっ……今か!」
歯を食いしばるホーパー。これ以上耐えるのは厳しいと判断し、ブリザードランチャーからミサイルを発射する。
ミサイルが魔剣に直撃すると、その衝撃を引き金としてミサイルは破裂し、中の水と超冷却ガスは外気と接触する。ガスは水と触れることで化学反応を起こし、周囲の熱を一気に吸収、魔剣を中心に半径十数メートルを氷漬けにした。
同時に火事も消失し、焼け焦げたどす黒い木々に囲まれる殺風景が広がった。
氷漬けされた範囲の外も、強烈な冷気が漂う。強化服によって防寒できるホーパーは特に問題なかったが、創人には大きな影響があった。
「うっひゃあああああ……!」
かいていた汗が即座に冷水に変わり、全身に鳥肌を立たせる。さらに他のものも立ってしまい、浴衣の上からぷっくりと小豆のようなものが浮き上がった。余りの寒さに動けなくなり、創人はしゃがみ込んでしまう。
ミサイルを発射したホーパーは、氷漬けになった魔剣へと近づく。魔剣に手を伸ばそうとしたその時であった。
〈ヒート〉〈ヒート〉
再び魔剣の力が発動する。
魔剣の発する高熱は冷却弾による氷を一瞬で溶かし、湯気でホーパーの視界を奪い去った。
「バ、バカな……!」
最終兵器であるブリザードランチャーすら効かず、ホーパーも動揺が隠せない。転がりいったん距離を置き、再び切り札となる武器を構える。
(ブリザードランチャーはもう一発撃てるが……同じ結果になる可能性が高い。一体どうすれば……)
ホーパーは勝ち筋を導くことができないがゆえに、魔剣のへの対抗手段も取れず、その場でたじろいでいた。
魔剣が放出した熱は創人も感じ取っていた。
「何じゃありゃ……」
背中から火照るような熱気を受けて振り向くと、魔剣が降臨していた場所が湯煙で霞んでいた。
「あれは魔剣が暴走してるね。これ使って」
創人の耳に入る少女の声。振り向くとそこには、どこからともなく現れた浴衣姿のツグミコがいた。
〈テレポート〉
「ふぅ……。瞬間移動とはいっても結構不便ね」
マーガレットは数回のテレポートを繰り返し、芽球雲湖の看板近くまで到着した。魔剣で行えるテレポートは自分の視界に明確に映っている範囲内であり、世界中の任意の場所に一瞬でたどり着けるわけではないのだ。
湖近くの大木の幹に、マーガレットは着替えと連絡用の携帯電話を用意していた。
マーガレットは力強く地面に剣を突き刺し、電話をかけた。
「こちらマーガレット。依頼人の鶴城創人は殺害しました。今から受け取りに来てください」
通話の相手は言うまでもない。依頼を完了したと嘘を付き、誘い出そうとしていた。
「場所は先ほど言った通り、芽球雲湖の前です。どうせ近くまで来ているんでしょう?」
魔剣を手に入れる前にも、マーガレットは依頼主に連絡を取っていた。
『おやおや、客にそんな言葉遣いをするとは……まぁ今は大目に見ましょう。最後にものを言うのは結果です。十五分ほどで到着できますので、お待ちください』
「はい、お待ちしています……」
依頼主に吐かれた毒は無視して、冷静なまま通話を切るマーガレット。
「ククク……。最後にものをいうは武力なんだよ、バカが」
勝利の手札は全て自分が手にしているという安心感が、マーガレットの感情を表に出さずに済んでいる。
高揚感で心が満たされた状態で、彼女は魔剣を突き刺したほうに目を向けた。
「……?」
しかし、そこには本来あるべき魔剣が地面に突き刺さっていなかった。
「浮いてる……どうして……?」
マーガレットは気味の悪さを感じ背筋にゾッと寒気が走る。まるで意志を持っているかのように宙に浮く姿は、己がただの道具ではないことを知らしめるようであった。
若干の恐怖心を覚えながらも、この程度で退くマーガレットではない。勝手に浮遊してしまうのなら肌身から離さなければ良い、そう思って魔剣の柄を強く握りしめた。
〈ヒート〉
その瞬間、魔剣は熱を帯びた。
「ああっ……!!」
触れた手のひらに激痛が走るマーガレット。皮膚が感知しきれないほどの高熱に、人体は痛みの信号を出すほかなかった。彼女はすぐに柄を離して湖までダッシュした。焼けた手を急いで水の中に突っ込む。
「……っつうううううぅ!!」
冷やしても痛みは消えない。手は赤く腫れ上がり、指先は思うように動かすことすらできない。マーガレットはこの惨状が悔しくて涙をポロポロと流し始めた。
〈ファイヤー〉
そんな中、容赦なく魔剣は力を暴走させていく。
魔剣はゆらゆらと自我を持つかのように三次元的に回転し、剣先から火炎を放射。森に次々と燃やし、火の海へと変えていく。
木々に移った炎は鉄色の煙を立てながら燃え上がり、どんどんと広がっていった。闇を映していた湖の水面も赤く染まる。
「どうして……どうして……!」
楽園から煉獄へ叩き落されたマーガレットは、現実に嘆くことしかできなかった。直後、自分の人生が終わることなど微塵も思っていない。
〈ビーム〉
マーガレットの胸を、魔剣は非情に貫いた。
その決定的瞬間を、ちょうど創人たちは目撃してしまった。
創人から事情を知った夜鳥はすぐさま準備を整え、赤と白のアーマーをまとった戦士、ホーパーへと姿を変えた。マーガレット追跡のため、専用のマシンのアマプターに創人を乗せて森の中を駆け巡る。最中、不自然な明かりに疑念を感じて湖の方向へと進んだのである。
燃え上がる炎の奥に、背を向けたマーガレットを発見する。直後、彼女の背中を一本の光線が撃ち抜いた。
「遅かったか!?」
ホーパーは叫んだ。その言葉にはわずかな差によって命を救えなかった悔しさ、もどかしさがこもっていた。
「あの状態はどうすれば収まるか分かるか?」
切迫した状況では後悔をする時間もなかった。ホーパーは気持ちをすぐに切り替え、魔剣の暴走を止めることだけを考えていた。
「俺が魔剣を持てば無力化できます。でも近づくのが……。魔剣の攻撃とかも直接なら無効かできるんですけど、こんな風に間接的に燃えてたら……」
急いで着た浴衣を、今になって整えつつ創人は答える。魔剣が直接話す攻撃は無効化できるものの、辺り一面の草木が炎の壁となっていて、そこまで近づくことができない。
「なるほど、そこは私がやろう。安全を確認後、創人君に譲渡する」
そう言ったホーパーは、アマプターの座席後部にある黒い箱型の荷物を手にした。
「今からブリザードランチャーを使用する。創人君は今のうちに私からできるだけ離れなさい」
「は、はい!」
命令に気が引き締まり、つい敬礼をしてしまう創人。言われるがまま全力で走り出し、魔剣との距離を取っていく。夜鳥が何をしようとしているかは理解していないが、詳しく尋ねる時間がないことだけは分かっていた。
黒い箱型の荷物は、中央のスイッチを押すと、あっという間にミサイルランチャー型の武器へと変形した。これこそがブリザードランチャーである。これは非常に強力な武器であるが、周囲への影響も多いため、慎重に使わないといけない。ホーパーも実際に使ったことはこれまで一度もなかった。
そんなブリザードランチャーをホーパーは両手で構え、照準を魔剣へと合わせる。
「…………」
照準を合わせたホーパーは、創人がこの場から離れる時間を見計らっていた。魔剣が次の力を使うまで、体を硬直させて粘っていた。
〈ノイズ〉
数秒もしない内に、魔剣から不快な音が呼び出される。ホーパーのヘルメットには五感補助機能が存在し、普段の夜鳥より聴覚が過敏になっている。そのため、金属同士を摺り合わせたかのような耳障りな音が彼の鼓膜で激しく響いていた。
「くっ……今か!」
歯を食いしばるホーパー。これ以上耐えるのは厳しいと判断し、ブリザードランチャーからミサイルを発射する。
ミサイルが魔剣に直撃すると、その衝撃を引き金としてミサイルは破裂し、中の水と超冷却ガスは外気と接触する。ガスは水と触れることで化学反応を起こし、周囲の熱を一気に吸収、魔剣を中心に半径十数メートルを氷漬けにした。
同時に火事も消失し、焼け焦げたどす黒い木々に囲まれる殺風景が広がった。
氷漬けされた範囲の外も、強烈な冷気が漂う。強化服によって防寒できるホーパーは特に問題なかったが、創人には大きな影響があった。
「うっひゃあああああ……!」
かいていた汗が即座に冷水に変わり、全身に鳥肌を立たせる。さらに他のものも立ってしまい、浴衣の上からぷっくりと小豆のようなものが浮き上がった。余りの寒さに動けなくなり、創人はしゃがみ込んでしまう。
ミサイルを発射したホーパーは、氷漬けになった魔剣へと近づく。魔剣に手を伸ばそうとしたその時であった。
〈ヒート〉〈ヒート〉
再び魔剣の力が発動する。
魔剣の発する高熱は冷却弾による氷を一瞬で溶かし、湯気でホーパーの視界を奪い去った。
「バ、バカな……!」
最終兵器であるブリザードランチャーすら効かず、ホーパーも動揺が隠せない。転がりいったん距離を置き、再び切り札となる武器を構える。
(ブリザードランチャーはもう一発撃てるが……同じ結果になる可能性が高い。一体どうすれば……)
ホーパーは勝ち筋を導くことができないがゆえに、魔剣のへの対抗手段も取れず、その場でたじろいでいた。
魔剣が放出した熱は創人も感じ取っていた。
「何じゃありゃ……」
背中から火照るような熱気を受けて振り向くと、魔剣が降臨していた場所が湯煙で霞んでいた。
「あれは魔剣が暴走してるね。これ使って」
創人の耳に入る少女の声。振り向くとそこには、どこからともなく現れた浴衣姿のツグミコがいた。




