16:夜鳥に与えられた使命
昨夜大炎上が起きた科学許容外品回収部隊本部では、半壊した施設内に生死の確認ができていない者たちの確認が続いていた
「まさかここもこんな風になるなんて……くっそぉ……!」
歯ぎしりをして悔しがったのは深山。第一班と呼ばれる部隊の面々は、ちょうど蓮が竜巻をぶつけた箇所とは真反対の位置にいたため、直接の被害にあわずに済んだ。
しかし大人数の死者や重傷者が出て、施設の機能は崩壊、喜べる雰囲気では全くなかった。運よく、軽傷以下で済んだ人々は、回収部隊が管理している近場のビルやホテルに避難した。
一夜明け、夜鳥、金色、深山、二俣、平田の五人は状況確認のために現場に戻ったのである。
「いくら何でも……ひでえもんだぜ」
普段の強面がさらに強張る平田。見た目や振る舞いが悪そうであっても、人一倍重く受け止めてしまう繊細な面もある。とにかく心苦しそうであった。
「今回の科学許容外品を甘く見過ぎていたようです……申し訳ない」
最も深刻な顔をしていたのは二俣であった。創人の処遇は彼が決めたため、多大な被害が出たことの責任感が重くのしかかっていた。
「肝心の彼の行方が分からないのが気掛かりです」
夜鳥は創人の心配をしていた。逃走の形跡を発見できないため、回収部隊の中では行方不明という扱いである。
「今は追加で被害出ていないし、あの青年は生きているだろう。詳しいことは彼の家族から事情聴取するしかない」
二俣は創人が死んでいないと確信していたため、その点の心配はしていなかった。
また、ツグミコに眠らされた蓮、轟、響子は回収部隊に発見されていて、留置済みである。今現在も眠りから目覚めていない。
「しかし青年家族が逃げていないというと……昨日報告に上がっていた軽自動車が怪しいな。事件前に侵入の痕跡は無いから許容外品自体は内側で使われた、そう考えると……」
残された状況から当時の状況を組み立てていく二俣。ツグミコの名前までは出なくとも誰がどんな行動をしたのかを恐ろしいほどに当てていく。
「あまり疑いたくはありませんが、あの青年が主犯の可能性もありますわね……。どちらにせよ、一刻も早く見つけないといけませんわ」
金色は別の可能性も疑っていた。そしてそれ以上に、被害の壮絶さから来る焦りの感情が湧きたっていた。
「残念だけど、体制立て直すの優先だって。私たちはそれまで待機、特別休暇よ」
そんな金色に返答したのは上官である鬼。彼女はまたがっていたバイクを降り、メットを取って長い髪を露わにする。五人より少し遅れ、たった今現場に来たのである。
待機命令を告げられ、一同は歯がゆい想いを高める。
「もどかしい……。なんとか上を説得できませんかね」
夜鳥はすぐさま鬼に撤回してもらうよう求める。
「無理無理、リスクが大きすぎるからねぇ」
鬼は既に諦めムード、既に抗議をし終えた上での指示だったのである。
「手がかりが少ねえもんな。万が一見つけてもバックアップなしで対処するのは危険だ」
平田は補足するように割って答える。動きたくても動けない現状が悔しく、歯を重ねて音を立てる。
「そそ、体制を整え直した後、穴開けないようにするのが私たちの今の仕事」
「そうですか……」
不服な面がありながらも、相手のほうが筋の通った主張をしていると思い、夜鳥は食い下がった。
その様子を見ると、鬼は口調をがらりと変えて話してきた。
「あ、話変わるけど。このスーツとアマプターさぁ、夜鳥が預かっといてよ。置き場所無くなっちゃったし」
彼女は自分が移動に使ったバイクのカウルを手の甲で叩く。赤と白を基調としたヒロイックなデザインのフルカウル車――夜鳥が昨日ツグミコらを追っていた際に使っていたバイク、これこそがアマプターである。同時託されたのは黒の光沢が眩しいライダースーツ、正式にはキャストスーツと呼び、これとアマプターを合わせることで強化服〈ホーパー〉を装着できる。
ホーパーは科学許容外品の回収用に造られた強化スーツである。ハンドルのスイッチを押すと、スーツと各アーマー間で通信が行われ、それぞれ適切な箇所へと自動で装着される。ホーパーは科学の結晶と呼べる存在である。
「はあ、分かりました」
受け渡される夜鳥。バイクの装備品の一部として保管でき、持ち運びしやすいこともホーパーの強みである。
「んでさ……待機中は、好きなとこバイクでも走らせて休養取りなって」
わざとらしいウインクとともに鬼は夜鳥の肩をポンっと叩く。ウインクは失敗し、両目を閉じてしまっていた。
そんな彼女の粋な計らいに、その場にいた者たちの胸にグッと火が灯される。
「……いえ、こんな事態でドライブなどできません」
夜鳥という例外を除いて。
「勘が鈍いですわ……」
「鬼班長、夜鳥の人間性を考慮してください」と二俣。
「いやいや……こっちにも立場があるんだが……」
かっこよく決めたつもりの鬼だったが、伝わっていないことにポカンと口を開けてあきれてしまった。
「夜鳥~、俺がご丁寧に説明してやるよ。鬼班長は上司としての捜索はさせられないけど、個人での捜索は見逃してやるって言ってるんだよ。文脈読め、文脈」
深山の丁寧な説明を聞き、夜鳥はやっと主旨が把握できた。
「むっ……失礼しました」
深く頭を下げる夜鳥。最後まで生真面目に対応する彼の姿は、壊滅的な状況下に少しの笑いを起こした。
午後二時、ツグミコが車を止めたのは山道のトンネル前であった。ろくに整備されていない寂れたそこは、今にも重力でつぶれそうであり、昼間から幽霊が出てもおかしくないおどおどしい雰囲気を醸し出している。
「よしっ、ここで休憩しよう!」
サイドブレーキを開け、まるでたった今閃いたかのようにツグミコは手を叩いた。
ツグミコが駐車をしたのは今日で三回目である。
最初はアパレルショップ内の駐車場、ツグミコが二人分の衣服を購入。カーディガン一枚でうかつに外に出られない状態の創人と忍者装束のツグミコ、二人が街中で目立たないよう、五月としてはやや早い夏服へと着替えた。
次に定食屋内の駐車場、半日以上食べていない二人は空腹を満たすため、朝食兼昼食としてサバ味噌定食をたしなんだ。都会らしい街並みはこの定食屋がピークとなり、どんどんとへき地へ進んでいき今に至るのである。
「いくら何でも中途半端すぎ……」
なぜここを選んだのか、創人は検討も付かず困惑している。
「私おしっこするけど、あなたもする?」
ドアを開けて車を出たツグミコは、なんの恥ずかし気もなく連れションの誘いをしてきた。
「おしっこて……恥ずかしくないの?」
「漏らすほうが恥ずかしいし」
ツグミコは羞恥心がないわけではなかった。平然と答えるその姿は、問いかけた側に虚しさを与える。
「そりゃそうだけど……」
創人が言葉を濁らせている間に、ツグミコはトンネルの中に入ってしまった。
「…………」
車内、一人取り残された創人。場所が分からないので迂闊に動くこともできず、人気の全くない自然をただただ見つめることしかできなかった。見える景色は美しさより怖さが勝る殺風景、いるだけで気分が少し下がる。
「……俺もする!」
環境に耐えられなくなり、創人もトンネルの中へと入った。
さらに二時間近く車での移動が続いた。山道を抜け、田舎道に進んだかと思うと、再び山道へ進む。道路の舗装以外に人間の手が加えられていないような景色が続いていて、中でも透き通って雲が水面に反射している湖は、非常に美しかった。
湖の景色から数分後、最終的に着いたのは〈カクレガ〉という旅館であった。木造の宿は周囲の自然とうまく調和しており、高貴で落ち着いた心地の良さそうな雰囲気を感じられる。
旅館に好印象を持ちつつも、創人はある疑問が浮かび上がった。
(ここにイグなんちゃら……? 信じられん)
どう見てもイグノトゥスが存在していそうな場所ではないのである。
不思議そうに首をかしげる創人を、ツグミコはやや強引に車から引っ張り出した。
「今日はここでひと休み、目的地は明日ね」
「え?」
ひと休み、と聞いて創人は思わず聞き返す。
「安心して、ここ知名度なくて予約なしでもいけるはず」
カクレガという名前がシャレになっていない、そんな事実を知るとともに、創人は旅館から哀愁がにじみ出ているように感じた。
「えぇ……」
創人は別に予約の心配をしていたわけではなかった。しかし、ツグミコのセリフのインパクトに思考回路が敗北し、それ以上何も言えなかった。




