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14:ツグミコ帰還

 憂いな顔である創人の気持ちを読み取り、響子はそっと肩に手を置く。


「まだ悩んでいるのね……でもこうしないと……代々受け継がれてきた剣を守ることが……」


 響子はなだめる以上のことはしてくれなかった。この光景に疑問を持つことはなく、それを受け入れることを創人に促すだけである。


「母さん……。でも……やっぱりおかしいよ……」


 創人は母の言葉が響くことはなかった。この悲惨な姿を見て、完全に正義の心を取り戻していた。


「どんな理由だとしても……これが正しいとは思えない……。頼む蓮兄……! 今からでもやめてくれよ……」


 大粒の涙が瞳に収まりきらず、あふれ始める。一時でも判断ができなかった自分の無能さと、家族が自分と相反する存在であるという事実に悲しさが止まらなかった。


「今更どう止めろと?」


 つめたくあしらう蓮。創人はしがみ付いて懇願するが、蓮の心は全く動かない。蓮は創人をはらいのけ、次の攻撃をしかけようと構える。


 それでも創人は炎の竜巻を止めたかった。諦めきれない創人はその場で子供のように大声を上げる。


「うわあああああん! ううっ……ひっぐ……」


「泣いて解決しようとする……一体何歳だお前は」


 泣きじゃくる姿を見ても蓮は鼻で笑う。泣いて解決するのが創人の最終手段であることは知っているため、ここを乗り切れば完全に諦めてくれると踏んでいた。


 轟も創人には無関心、だが響子だけは心が痛いのか、少しだけ寄り添った。


「…………」


 母に支えられる姿を蓮は横目で眺めていた。その間は動きも止まり、気が少し抜けていた。

 そのわずかな隙が形成を大きく変えてしまうことになる。


 蓮の右手の甲に小石が勢いよく当たった。蓮はその刺激で魔剣を落としてしまう。


「グゥッ! 誰だ!?」


 小石は勝手に動いたりしない。何者かが遠方から投石して当てたと考えるのが自然の摂理である。手の甲を押さえながら石の飛んできた方向に向かって叫ぶ。


「はじめまして……」


 蓮の叫びに応えるように若々しい女の声が聞こえた。距離はかなり近く、辺りを見回すと、忍者装束を着た少女が魔剣を逆手で持ち、非常に低い姿勢で蓮を見上げていた。


 どう考えても、そんなことをする人間は一人しかいない。


「ツ、グミコォ……!」


 思わず名前を呼ぶ創人。薄暗く顔が不鮮明でありながらも、その立ち振る舞いと声から彼女であることは想像付いた。


 〈テレポート〉

 〈スリーブ〉〈ウィンド〉


 ツグミコはすぐさま蓮たちと距離を取り、剣を振るって風を起こした。


「何っ!? ……くっそぉ……。ぐぅ……」


 強風を受けた蓮、轟、響子は急激な睡魔に襲われる。蓮だけは悔しがりながら必死に目を閉じまいとするものの、その努力はすぐに無へと還った。


「よしっ……これが一番効率的かな。創人、行くよ」


 蓮たちとの対決にあっさりと決着が付き、ツグミコはすぐさま目的地へ向かいたかったため、しゃがみ込んでいた創人に手を伸ばす。


「待って、ぐれ……」


 止まらない涙を拭いながら創人は言葉を続ける。


「あれ……止めてくれよぉ! もうツグミコしかいないんだ……頼むぅ……!」


 たじろいで滑らかに言葉はでない創人であったが、現在進行形で破壊されている回収部隊の施設を指差し、必死にツグミコへ訴えた。


「却下」


 ツグミコは冷たい。創人の着ているカーディガンを引っ張り、無理矢理この場を離れようとする。


「だのむ!! だのむ! うううううっ!! うあああああん……!」


 スイッチが入った創人は、もう自分でも涙を止めることをできなかった。哀の感情を抑えることができず、情けなくツグミコの脚にしがみつき、我を忘れて哀願を続けた。


「…………」


 くしゃくしゃになった創人の顔に、ツグミコはポカンと固まった。全く口を開かず、創人を見下ろすだけの時間。内心を全く読み取ることのできない虚無の表情は非常にミステリアスであった。


 〈テレポート〉


 何も言わないままツグミコは場所を変える。しがみついていた脚が消え、創人は地面に顔をぶつけてしまう。


 ツグミコはどこへ行ったのか、創人はすぐさま顔を開け周りと確認する。すると、炎の竜巻に対抗するかの如く、吹雪の竜巻がその上に湧き上がっていることを発見した。


 〈ブリザード〉〈トルネード〉〈グラビティ〉


 吹雪の竜巻の上にはツグミコがいた。


 創人の涙はツグミコの考えを変える力があったのである。


 打ち消し合うように作られた竜巻は思惑通りの動きをして、炎の竜巻を沈静化させた。

 竜巻を消してもまだ建物は炎上中であり、ツグミコはその対処も行おうとする。


 〈ウォーター〉〈ウォーター〉〈リモート)


 水を出そうと念じながら魔剣を天に向けると、漆黒の大空から光の輪のようなものが出現し、その穴から大量の水が放出された。まるでバケツをひっくり返したかのような滝流は、建物を水浸しにして一瞬で消火作業を行った。


 〈テレポート〉


 ツグミコはびしょ濡れになって元いた場所――創人の所へ戻る。


「これで満足?」


「うっ……うん……ありがとう」


 建物が鎮火する一部始終を見ていた創人は、きょとんとしていた。感情の高ぶりは収まり、残った涙を拭いながらツグミコに礼を言う。


「あのさ……なんで……やってくれたの?」


 我に返った創人は不思議に思った。これまでずっとわがままに動いていたツグミコが、どうして自分の頼みを聞いてくれたのか、見当がつかなかった。


「さあ行くよ。こんなところ長居するもんじゃないし」


 創人は思い出した、ツグミコが質問にちゃんと答えてくれる人間ではないと。彼女は創人の腰に手をまわして抱える。


「待って、母さんたちが……」


「説得なんて無理無理」


 〈ジェット〉


 魔剣の柄からジェット噴射が行われ、上空へ飛び立つ二人。


「さよなら……」


 家族を置いていくことになり、創人は小声で別れの言葉をささやいた。


 再び涙がこぼれそうになったのを堪え、ツグミコのほうへ目を向けた。


 ツグミコは前だけを見つめて進もうとしている。


 彼女が腹の奥底で何を考えているのかは分からないし、いい人間ではないのは間違いない。好きか嫌いかで言われたら嫌いと即答できる自信がある。その一方で、今の自分が頼れる唯一の存在でもあり、頼りがいを感じることもできる。


 創人はそんなことを想いながら、身をツグミコに任せて夜空の中を巡行するのであった。


次回更新は11月28日になります。

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