13:剣と鞘
「クク……どうしたんだ?」
蓮が調子を取り戻して挑発的に尋ねる。ただしまだ痛みは残っているためか、手は股間を押さえていた。
「で……出ろ! 水出ろ!」
今度は言葉を発して指示を出すものの、やはり水は出なかった。そもそも剣を抜いてから確実に十秒以上過ぎているのだが、力の暴走は起きていない。
「出るわけないんだよ……バーカ」
腹の底から蔑むような声で蓮が言うと、近くの桶をつかみ、殴りかかってくる。
即座に魔剣で桶を受け止める創人。刃とプラスチック製の桶が競り合う。しかし、桶は傷一つつかなかった。それどころか、ぶつかった衝撃が全て振動へと変換され、創人の全身に伝わる。
「だああぁ……!!」
経験のない刺激に力が抜け、創人は魔剣を手放してしまった。数歩後ずさりし、震えた自らの手を見つめる。
「お前、女から全然聞いてねえんだな……」
落ちた魔剣を拾いあげる蓮。
〈スラッシュ〉〈ファイヤー〉
蓮はその場で横一閃。剣を振った方向に一本の野太い火柱が発生した。火柱は創人のいる方向に突き進む。火柱はその奥の浴室の壁にぶつかると、壁を破壊した撃音とともに火炎を吹かせる。
「んん……っ。え、えぇ!?」
浴室が一気に破壊された一方、不思議なことに創人は無傷であった。それどころか、創人がちょうど影になっていた部分の壁は破壊を免れている。創人は後ろを向き、その事実に驚きの表情を浮かべる。
「せっかくだし教えてやろう。お前にはこの剣の力の影響を直接受けないんだ。ゆえに、お前は鞘として機能している」
蓮はゆったりと剣を構えた状態で解説を始める。
「そしてそれは言い換えると、この剣を使えることができないということになる」
ベラベラと話が展開されていく中、後方から被害の確認のために施設員が二名やってきた。蓮はすぐさま察知すると、剣を二人に向けた。
〈ビーム〉
現場に来た施設員を剣先から出た白光線で貫く。わずか一瞬の合間に、撃たれた人は胸に風穴が開き、断末魔をあげることもなく倒れた。
「れ、蓮兄ちゃん……なんてことを!!」
創人の顔が引きつる。何のためらいもなく人の命を奪うその姿は、もはや自分の知っている兄とは別者であった。
蓮は蒼白する創人に目もくれず、ひたすら無造作に剣から出る光線で破壊していく。
「派手にやっているわね」
被害の様子から場所を特定したのか、浴室に響子と轟が入ってきた。二人はキョロキョロと辺りを見て困惑しているようではあったが、蓮が破壊行為をしていること自体には何の疑問も持っていなさそうであった。
「轟兄に母ちゃんまで……」
彼らも蓮側の人間だとすぐに察する創人。
「あれが創人かぁ……。ああいう妹、欲しかったなあ……」
轟はまじまじと女体化した創人の全身を見つめ、ぼやいた。淡々とした口調は健在であり、創人の神経は逆撫でさせられる。
「何でそんな平然としてられるんだよ……!」
「そんなこと言われても……、もう驚き終わったフェーズっていうか……」
知っている情報量の違いのためか、創人と轟には大きな溝が生まれていた。全く分からない創人は、この状況をまだ受け入れることができない。
「……それより創人、こっちに来て」
そんな中、響子は母親らしく優しい声に包みながら言った。
「本当は高校卒業したら明かすつもりだったけど……こうなったら話すわ。だから……ね?」
懇願する響子。その時、天井の壁に亀裂が入り、砕片が崩れ落ち始めた。下敷きになりかけた一同を、蓮が魔剣の力で食い止める。
〈グラビティ〉
魔剣を天井へ向けると重力操作が行われ、外力の釣り合った砕片は空中で静止する。
〈テレポート〉
次に蓮は瞬間移動を行い、創人の目の前に来る。
「直接影響は受けないと言ったが、間接的被害は受ける。怪我するからこっち来い」
先ほどまでとは打って変わり、蓮は温かく手を差し伸べた。
「…………」
急激な変わりようではあったものの、創人にとってはこちらのほうが普段の蓮に近い。自分の知らない兄ではなく、ずっと一緒に暮らしていた兄だと再認識できた途端、何が正しいのかが一気に分からなくなる。
「これがお前のためにもなる。得体の知れない組織を本当に信じていいのか? 俺はそれより信用がないのか?」
「蓮……兄ちゃん……」
蓮の訴えが耳に強く入り込む。創人は正しさの物差しを失った状態になり、自分で物事の判断ができなくなってしまった。蓮に手を引っ張られるが何の抵抗もできず、されるがままに蓮たち三人の側へ入ることとなった。
蓮は強引に壁を破壊し、外への抜け道を作り施設から脱出した。
魔剣の柄から噴出する炎でロケットのように進む蓮に三人はしがみつき、施設の全貌が分かる距離まで移動した。
施設の外は草木で囲まれたへき地であった。現在位置を把握できそうな目印は全く無く、街灯も存在しないため非常に薄暗い。月明かりだけが頼りである。
「創人、寒いでしょう。これ」
春先であろうとも夜中に真っ裸は体が冷える。響子はそう思って自分が着ていたカーディガンを創人に渡した。寒さ対策としては不十分ではあるものの、無いよりはマシなので創人は受け取る。サイズは大きめであり、ちょうと股の辺りまで隠すことができた。
「あ、やっぱり兄さんの分はないんだぁ……かわいそう」
轟がぼそりと言う。しかし、セリフから同情する気は全く感じられない。
「……そう思うならお前が貸せ」
苛立ちながら蓮はそう言い、半ば強引に轟から制服のブレザーを借りる。
「木野さんと水野さんは? まだ部屋の中じゃないの?」
創人は家政婦の二人が気になった。彼女たちを見捨てる理由は連たちにないはずだからである。
「そうだろうな。だが俺たちは全ての命を救えるわけじゃない」
冷酷に答えた蓮は改めて自分たちのいた施設に目を向ける。
科学許容外品を管理するという名目の施設は、外からみたらコンクリートの塊である。窓が一つもない巨大な直方体の建造物は、異星人の忘れ物と呼ばれても信じてしまいそうなほどの異物感を醸し出していた。
「……痕跡は全部消さないとな」
〈ファイヤー〉〈トルネード〉〈スラッシュ〉
蓮が念を込めると、刃の周りに火炎の渦が発生する。少しずつ渦が大きくなっていく中、剣を振るい、炎の渦を飛ばした。
炎の渦は竜巻状になって地を這い、建物へと進んでいく。竜巻の進んだ跡は草木が奇麗に刈り取られていた。
徐々にその規模は大きくなり、十数メートルの高さまで成長した状態で、建物にぶつかる。建物はいとも簡単に破壊されていく。
「…………」
壮絶な場面に圧巻する創人。あの建物内に一体何人の人がいるのだろうと考え始めると、目の奥底から熱いものがたまってくる。
(木野さん……水野さん……)
創人は家政婦の二人が建物内にいるという事実に、心が締め付けられる。家事全般を担ってくれただけでなく、相談事や雑談の相手になってくれたり、サプライズパーティーを一緒に計画してくれたりした思い出が、じんわりととにじんでくる。
(あの人たち……悪い人じゃなさそうだったんだけどな……)
続いて、夜鳥、金色、深山、二俣、平田、鬼、さらに多くの施設員たちの顔が思い浮かんでくる。短い時間ではあったものの、彼らに邪悪さは感じられず、彼らの命を奪う行為をどうしても受け入れられない。
この悲惨な光景は、失った創人の正義感を再び呼び覚ますのに十分であった。




