12:家族との再会
創人はついに家族と再会できた。
「母さん! みんな!」
晴れ渡った表情になり、創人は一同の元へ駆け寄った。
「良かったぁ……!! 本当に良かったぁ……!!」
響子を力強く抱きしめ、喜びをかみしめた。同時に涙が目頭に熱くたまり始める。
「私も良かったわ。急にあなたが誘拐されたって聞いてびっくりしちゃったんだから……」
響子もほほ笑み、うれし泣きをしている創人の背中を擦った。
「高校からも爆破したという情報も聞いてね、気が気じゃなかったよ」
長男の蓮は喜ぶ二人を力強く眺め、つぶやく。
「ふわぁ~っ……。大変だったよ、心当たりないかってさ……。俺に何が分かるっていうんだよな……」
蓮とは対照的に、次男の轟は気だるそうに力の抜けるあくびをしていた。
轟のほうに一瞬だけ目線を寄せた後、蓮は再び創人のほうを見て話す。
「ところで創人、結局お前の身には何があったんだ? 誘拐か? 迷子か? こことの関係は何だ?」
蓮たちは事情聴取の際、創人の体については全く聞かされていなかった。
「えっ!? いやあぁ……俺もよくわかんなくて」
創人は魔剣のことを言うのをためらった。できれば家族に馬鹿げた話をしたくない、知らないままでいてほしいという心理によるものである。
「まあまあ、どうしてかなんて、良いではないですか」
創人の慌てた顔を見て彼の心理状態を察し、家政婦の水野は事情を語らなくて良いように流れを変えようとした。
「ええ、今は全員無事だったことを祝いましょう」
もう一人の家政婦、木野も賛同する。
「それもそうだな……」
蓮も深く詮索する気はなかったので、質問を創人にぶつけるのをやめた。
「というかさ……ここ、マジで何? 俺たちも一緒に誘拐された可能性ない?」
轟は創人について興味なさげで、異様な規模の施設内に関心を持っていた。
それから話題は回収部隊の施設に移り、創人が狙われた理由についてはその場の全員が口にしなくなった。
響子たちも施設員に大部屋で待っているように言われていて、一同は大部屋で再会の喜びを噛みしめるように話に花を咲かせていた。
そうしているうちに、一人の施設員が戻ってきて各々の部屋へと案内してきた。ベッドと照明、洗面所だけの簡素な造りの部屋であったが、逆に洗練された気品のある空間へと昇華していた。トイレとバスルームは男女の区別のみがされた共用である。
創人は部屋を確認した後、すぐにお風呂へと入ることにした。
バスルームはほとんど大浴場であった。銭湯のように大きな浴槽が複数あり、洗い場には好みに合わせたシャンプーやボディソープなどのトイレタリー製品も用意されている。
湯船に浸かり、ボーっと天を見つめる創人。風呂場で今日一日の出来事を振り返るのが彼の日課である。とは言っても午前中や昼の話は記憶から大方消え去っていて、思い出せるのは校舎トイレでのあの出来事――ツグミコとの出会い以降のもののみであった。頭の中で処理しきれず、乱雑に放置された記憶の欠片を一つ一つ振り返っていった。
(ツグミコ……)
創人は彼女のことを思い出す。自分勝手に動き、自らの欲求のためには法を犯すことすら躊躇しない女、一緒にいた時は不快感を示していた創人であったが、行方が分からなくなると心に穴が開いた気分になる。
さらに思い出すのはツグミコとの行為である。全身を弄られて悶える濃厚な時間は、高校生の創人にとっては忘れられないほど刺激的であった。五感全てで感じ取った快楽は思い出すだけでも、再び悶々とさせる力を秘めている。
「よう、創人」
大浴場に入ってきたのは、蓮であった。腰にバスタオルを当て、股間を隠したまま浴槽の塀に座った。
「蓮兄ちゃん! もう夕食終わったの?」
「……今は食欲がない。それだけだ」
浴場の壁についている鏡を見ながら無愛想に言い、連は近くの桶を手に持った。
「そっか……なんか一緒にお風呂って久々だな。いつぶりだろう……」
最後に一緒に入浴したのは何歳の時か、真面目に思い出そうとしていた。
「…………」
蓮は無言のまま、どこか邪念を感じさせる表情で創人を見つめていた。
「蓮兄ちゃん……? なんか変だぞ?」
普段の蓮ではない、創人はそう思った。創人は蓮に疑いのまなざしを向ける。
「別に、俺は可愛い弟の勃起姿が見たいだけだ」
態度を急変させた連は、創人の髪をつかみ、無理矢理湯船から引きずり出した。創人は背中から床に叩き落とされる。
「あたたっ! なんでこんなこと……!」
創人は意味が分からなかった。蓮は長男らしく、創人に冷たかったり、意地悪をしたりすることはあった。しかしここまで強引なことをする兄ではない、今目の前にいるのは自分の知らない蓮なのである。
混乱している中、流れるように発せられた『勃起』という単語に創人あることを察する。
「もしかして……知ってるのか……?」
「当たり」
主語がなくとも、お互いが何の話をしているかは通じ合っていた。
「お前の剣は俺たち一族のものだ。それに剣のおかげで俺たちは暮らせている。こんなよく分からない機関で保管されちゃあ困るんだ」
倒れている創人を見下し、邪悪な笑みを浮かべる蓮。
「蓮兄……剣について……知ってるのか? なんで、なんで俺には内緒だったんだ? なんで、俺は……こんな力を……」
ゆらゆらと立ち上がる創人。半信半疑でありながらも、己の体の真実を求めた。
が、蓮は問いに答えない。
「どうでもいい、ホラ、あるだろ? 興奮する経験とかさぁ……」
蓮はねっとりとささやく。先ほどまでツグミコのことを考えていたのも合わさり、下腹部が熱くなっていく。
「フッ……」
連は見計らったかのように手を創人の股間に伸ばした。
創人は咄嗟に股間を押さえ、蓮の腕をブロック。腕を押し返し、塀を支えにしながら立ち上がる。
「……ふんんぅ!」
ソレを自ら力強く握ると、男の勲章は完全体へとなった。体内から得体のしれない力がみなぎって来るのを創人は感じ取る。
「蓮兄なんかに……抜かせてたまるか!」
勢いに任せ、創人は爛々(らんらん)とした光を帯びた魔剣を引き抜いた。同時に体が急激に熱くなり、肉体の変化を感じさせる。
「おおっ……」
発光が収まった剣を見つめる創人。そして自分の胸を触り、再び女になったことを確認する。
「ああ、抜いちゃったか」
その仕組みを知っていたためか、蓮は大して驚かなかった。
「…………」
剣を両手で持ち、構える創人。その脚は微かに震えていた。
(勢いで抜いちゃったけど……どうしよう……)
創人は困っていた。剣で血を流し合う気はさらさらなく、ただ荒ぶる兄を止めたかっただけである。絶大な力を持つ魔剣を使えるわけがなく、次の行動に悩まざるを得ない。
「と、とにかく、俺はこんな力使いたくないし、使わせたくもない。だから変なこと考えないで、落ち着いてくれ」
「よく見ろ。俺は落ち着いている。かかってこい」
焦っているのは創人のほうであった。蓮は冷や汗一つかかず、挑発の手動作を行った。
「はぁ? 無理無理!」
創人は首を振って戦闘意識がないことをすぐに自ら明かしてしまった。蓮は見透かしたように笑う。
「なら俺からいくぞ!」
蓮は軽い助走を加え、創人の胸に勢いよく飛び蹴り攻撃を行った。
「ぐうぅ……!」
衝撃で足を滑らせ創人は頭から転倒、かろうじて魔剣は握りしめたままだった。蓮も体勢を崩し、創人の上に尻もちを着く。
「ぐはぁ!!」
兄の全体重が乗っかった衝撃で叫ぶ創人。蓮は横になりながらも創人の指に手をかけ、一本一本曲げられた指を引き剝がそうと試みる。
「うっ……ううっ……!!」
悶える創人。驚異的な執着を見せる蓮の本気度合いを間近で感じ、自分もそれに本気に応えなくてはいけないと使命感が湧いてくる。
「おりゃああああああああああ!!」
創人は膝を思いっきり蓮の股間へぶつけた。皿が玉にクリティカルヒットする。
「あっ……!!」
蓮は頭が真っ白になり、力が抜ける。
その隙を突いて創人は蓮を投げ飛ばし、下敷きから抜け出した。
すぐさま立ち上がり、剣先を蓮に向ける。
「はああぁ……!!」
創人は剣先から水が出るよう、心の中で祈った。ツグミコから聞いた魔剣の使い方を実践したのである。
「あれ?」
しかし、水は出なかった。




