10:強化装甲
現在は単純な一本道の続く高速道路。スピード勝負では追手に叶わず、距離はじわじわと追い詰められていく。
このまままける見込みはないと判断したツグミコは、強硬手段へと移行する。ジャージの奥底に隠し持っていた自動式拳銃を取り出した。
バァン!
ツグミコはミラーで相手の位置を確認し、右腕を後方に伸ばして発砲した。
響く銃声。追手はすかさず距離を置いて銃弾を回避する。
「ちょおおおおお!! えええええぇ!!」
突然の発砲に驚きつつも、創人はバイクから落ちないように手足に力を込めた。
バァン! バァン!
ツグミコはさらに発砲。ミラー越しに相手が退いていくのを確認する。
この調子で逃げ切れるだろう、と思った時であった。男がバイクの右ハンドルに付いている赤いボタンを押し、バイクから大音量の警告音を発生させる。すると次の瞬間、バイクの各カウルが男のスーツやヘルメットへと移動し、強化アーマーかのように全身に装着された。
「うえぇ!? 何あれ? 映画の撮影か!?」
姿を変える様子を目の当たりにした創人は、思わずツグミコに尋ねた。
「…………」
ツグミコは何も言わない。彼女自身もその正体は分からず、動揺しているのである。
銃弾を気にしないで良かったためか、装甲をまとった男は再び加速を始める。困惑する二人をよそに一度離された距離を一気に取り戻した。
男はバイクのサイドから中型の銃を取り出し、前方めがけて発射する。放たれた弾丸はツグミコの運転するバイクのサイドミラーにめり込んだ。
『そこの運転手。減速しなさい。できれば手荒な真似はしたくない』
弾丸はスピーカーの機能を持っていた。
『私は科学許容外品回収部隊第一班、夜鳥功実だ。君たち、何か超常的なモノに心当たりがあるだろう?』
男の正体は夜鳥であった。魔剣自体の認知はしていないため、抽象的な表現で高校を崩壊させたイグノトゥスの存在を知らないか確認する。
『それを悪用されないよう、私たちが回収を行っている。非常に危険な代物である可能性が高い。君たちの安全を確保するためにも、私たちの元に付いてもらいたい』
争う姿勢は見せず、説得する方向で話す夜鳥。
「だって? どうする?」
創人はツグミコに尋ねる。彼は夜鳥の話を特に疑うことなく受け入れていた。
「どうもしない」
ツグミコは夜鳥の話を聞き入れる気がなかった。そもそも彼女の目的はイグノトゥスを集めること、組織ぐるみで回収するという回収部隊とは水と油なのである。
「そもそも、あなたアレを信じるの? どの辺が?」
ツグミコの疑いは尽きない。純粋に話を信じている創人にあきれ気味で聞く。
「そりゃアンタよりはマトモっぽいし、とにかく止まろうって!」
創人は後ろから体を斜体ごと揺らし始めた。
「どうせ逃げる手段はまだいろいろあるんだろ? 話聞いた方がいいでしょ!」
さらに激しく体を揺らし、運転を妨害する創人。ツグミコはどこで身に付けたのか見当もつかないテクニックを用い、なんとかバランスを保ち続ける。
「嫌! それより私のおっぱい揉みなさい。逆転するにはそれしかない」
「はいぃ? こんなところで抜けるかってーの!」
「え、でも今ちょっと硬くなってるよ」
「抜くまではいかないの!」
馬鹿馬鹿しい会話をしていたその時、二人の乗るバイクの前輪を支えるポールが遠方から攻撃を受け、弾け飛んだ。
「嘘っ!?」
叫ぶツグミコ。前輪を失ったバイクは操縦不能となり、ものすごい勢いで道路の壁へとぶつかりそうになる。
死を回避するために与えられた時間はコンマ数秒、彼女は瞬時にナックルダスター型のイグノトゥスを取り出した。正式名称は〈我が道を貫く傲慢な拳鍔・アペリオプグヌス〉、対称が壁や床であれば殴った先を粉々に砕くことのできるイグノトゥスである。
拳鍔を装着し拳を突き出すと、本来衝撃を受け止めるはずの壁にヒビが入り、その周辺が破壊された。
壁に激突する衝撃を回避した二人だが、それでも危機は去っていない。
壁を無傷で抜けたことにより、今後は空中へ放り出されてしまった。高速道路の下は大海へと続く深い青の広がる湾があり、その周りは高層ビルの立ち並ぶ人口密集地である。飛び出した衝撃によって作り上げられた強風が吹き荒れ、どこに落下するかの見当をつけることができない。
空中で体が回転し、二人は上も下も分からない状態に陥る。
そんな二人を助けようとしたのは夜鳥であった。乗っているバイクから飛び出し、同じく空中へと身を投げる。強化スーツの背部アーマーからジェット噴射が出され、緩やかな落下をしながらの空中移動を可能としている。
夜鳥はまず創人のほうへ左手を伸ばした。創人は差し伸べられた手を素直につかみ、夜鳥に引き寄せられて事なきを得る。
続いて夜鳥が向かったのはツグミコのほうである。左に創人を抱えたまま、体をうねらせ、落下中のツグミコの元へ近づく。
しかし、ツグミコにとって救助の手など迷惑以外の何者でもなかった。ツグミコは助けを拒むべく、まだ隠し持っていた足元の煙幕をまき、相手の視界を奪った。その隙に先ほどの拳銃で再び発砲する。
「くっ……!!」
夜鳥は体の向きを変えて創人をかばい、背中で弾丸を受け止める。うかつに近づけことはできず、姿も見えなくなったため捕らえる難易度は急上昇してしまった。
夜鳥はツグミコを諦め、創人を無事に着地させることに注視した。ジェット噴射で重力にできるだけ逆らい、ゆっくりと地上まで移動し、地面へと降り立った。
「……見失ったか」
夕刻、堕ちる太陽の逆光で詳細を把握できなくなった景色を、ただただ夜鳥は眺めていた。
それからしばらくして、創人は回収部隊の運転する運搬用トラックの荷台に乗せられた。荷台には長イスが左右に設置されていて、創人はその隅でこぢんまりと座る。
同じく荷台に乗る夜鳥は、腰元の腰巻きに付けられたスイッチを押し、強化装甲を外した。
「堅苦しい移動になってしまうが……すぐに本部に着く。到着するまでは休んでいてくれて構わない」
気を遣う素振りを見せる夜鳥。しかし、その言葉は創人に届いていなかった。
「寝ている……」
創人は既に夢の中、人生で二度もないであろうイベントを一日で何度も体験し、疲労傲慢まっていた。
創人が目覚めた時、トラックは目的地に到着していた。トラックを降りた先はどこかの地下駐車場であり、創人には屋外ではないということ以外の情報を視界から得ることができない。
夜鳥と創人を出迎えたのは壮年の女性であった。夜鳥たちと同じチームであることを表す赤いジャケットを彼女も着ている。
「こんばんは。私は鬼平花、あなたを連れてきたこの男の上司よ」
自己紹介と合わせて、鬼は鋭い眼光のまま創人に手を伸ばす。
「はあ……」
おどおどとしながら創人は握手をする。鬼からは敵意のようなものを感じられ、恐怖心がぞわぞわと反り立っていた。
「班長、行きましょう。時間がありません」
夜鳥はライダースーツの上から赤いジャケットを着て、移動を鬼に促した。
(一体、俺はどうなってしまうのだろう……)
創人はこれまでにない不安に襲われ、全身から寒気がした




