領主との対談
ガクが日頃の恨みを晴らしている頃、リン達は城塞都市アルーンに到着し、リンの拠点としている首都バラスキアで待っている弟カイの元へ向かっていた・・・かに思えたが未だ城塞都市アルーンで足止めをくらっていた。
転移門から城塞都市アルーンに向かう通路を通り、門番が居る場所に来るまでは順調だった。しかし、いつもはサボり気味の門番もその日に限って真面目に勤務をしていた。
リン達が戻って来た事に当然門番は驚いた。リンと共に死んだと思っていたガズールが帰ってきた・・・事にではなく。明らかに魔物と思われる者を引き連れてリンが戻って来たからだ。この時、門番はガズールの事など眼中にはなかったと後に語る。
所詮、地下通路を守っている門番は町の治安維持部隊の下っ端の衛兵であり、その場で魔物を都市の中に入れていいかどうかの判断がつかなかった為、その上司に話を持っていったが、判断できず結局、城塞都市を治めている領主に話がいくのであった。
この時にガズールは「領主とは旧友だから俺がなんとかする」と言っていたが、門番は魔物が来たという衝撃が強く、一切領主にガズールの事は伝わっていなかった。
領主もガズールの生還の報せを聞けばなんとかして時間を作ったかもしれない。しかし、そんな事を知らない領主はリンが連れて来た魔物が暴れていない事と、リンはガズールの義理の娘であり、名持ちの冒険者である事も知っている為、とりあえず夜までそこに待機をさせ、地下通路に人が入ってこないように封鎖する事にした。
そして夜が深まり人通りが少なくなった頃、1台の馬車が地下通路の前に停止した。中からは数人の騎士と1人の男が降りて来た。
男は周りの騎士よりも身体が大きく、鎧などは着ていないが明らかに他の騎士より強そうに見えた。その男が騎士を引き連れ、地下を降りていく。
階段を下りて行くと地下から剣と剣がぶつかるような音が響いてきており、地下で何かが起こっている事は間違いがなく、その男と騎士は急いで地下に向かう。
最悪の事態を想定し、警戒しながら地下通路に到着するとそこには、報告で聞いていた魔物と剣で打ち合う男の姿があった。
数年前に魔の大陸に行き、戻ってこなかった自分の友人であり、そして剣を自分に指南してくれた人物である。見間違うはずがない。
「ガズール・・・。」
周りの騎士は魔物を相手取るガズールの元に加勢をしに動こうとしたが、その男は騎士たちを手で制した。見れば分かる、あれは死合いではなくただの試合であると。
久々に見るガズールの剣術は以前見た時よりも格段に上手く、そして強くなっていた。対する魔物の方もバトルアックスを巧みに操り、ガズールの剣を全て受け流している。
魔物とは言え、綺麗な動きに感心した男は2人の邪魔をせずに試合が終わるまでただ黙って見ていた。
「ふぅ・・・相変わらずアピスの攻撃は重いな。真面に受けてたら剣が壊れる前に腕が壊れちまいそうだな。ところで、ルー!!いつまで俺の事を待たせるんだよ。こんな何もない所に閉じ込めやがって。」
ルーシェルト・アルーン・・・それがこの地下通路に来た男の名で、この都市の領主である。
「久しぶりに会ったというのに初めに言う言葉がそれなのか?それに私は、お前が居る事など報告を受けておらん。」
ルーシェルトは騎士を横目で睨み、睨まれた騎士は門番を睨み、門番は固まり青ざめていた。
「ふむ。まずお前の事は良いだろう。それよりもだ、この魔物が報告にあった・・・この中央大陸では見た事はないな。魔の大陸の固有の魔物なのか?」
アピスに近づこうとするのを騎士に止められながら、興味深そうにアピスの事を観察する。
「ガズールよ。この魔物に名はあるのか?」
『突然来て驚かせてしまってすいません。初めまして、アピスと申します』
ルーシェルトは部下の報告で、魔の大陸から帰還したリンと男が魔物を連れて来たが現在は大人しくしている。という報告しか受けていないので、突然魔物が話だした為、驚く領主と騎士。そして睨まれて再び青ざめる門番。
「こんな所でいつまでも話してないで早く行こうぜ。人通りが少ない夜までここで待たせたのはルーの家に連れて行くって事だろ?アピスが何もしないって言うのは俺が保証するからよ。」
「うむ・・・そうだな。時間もないしもたもたはしてられんな。お前経達もガズールがこう言っているんだからそろそろ私の事を離せ。」
ルーシェルトは当初、人に危害を加えない魔物などいるのか?と疑問に思っていた。魔物の見た目を聞いた上でもしかすると魔の大陸に住む亜人ではないかと推測した。
リンが連れてきた者が仮に亜人だとして、どの程度の地位に居る人物なのか分からなかった為、こうしてルーシェルト自ら足を運んだのだ。相手の地位によっては領主の館で丁重に迎える事もあり得るからだ。
勿論、部下達には反対した。しかし、ルーシェルトとしてもこのような大事な事を部下に任せるわけにはいかない為、なんとか説得した頃には夜になっていたのだった。
「しかし、私共としても領主様を危険にさらすわけにはいきません。一緒の馬車に乗る事など到底許容はできません。」
「この大陸の英雄ガズールが保証すると言っていただろう?信用できんのか?お前達も魔物の・・・いや、アピス殿の動きを見ただろう。仮の話だが、私にアピス殿が襲いかかってきたらお前達はアピス殿を止められるのか?」
「我が命に代えましても領主様が逃げる時間は必ず稼ぎます。」
頑なに領主に危険が及ばないように自分の使命を全うしようとする騎士達。堅物な騎士達の気持ちも分かる為、別々の馬車に乗るという事で納得させ、もう1台の馬車が来るまで少しの間待つ事になった。
領主の登場により案山子になっていたリンもようやくルーシェルトに挨拶を交わした。いくら話した事があるとは言え、やはりお偉いさんと話すのは緊張するらしい。
リンがカチカチに緊張しながら挨拶をしていると、丁度もう1台の馬車が到着しそれぞれが馬車に乗り込み、領主の館に向かって行った。
領主の館の本館ではなく、別館に通された一同は騎士達に部屋を案内された。現在は案内された部屋でルーシェルトと共にいるのだが、その後ろには騎士達もついている。
「別館の方ですまんな。本館は色々な者が私に面会などしに来るから、アピス殿を見られると騒ぎになってしまうからな。それでだな、時間もあまりない。本題に入ろうか。何故アピス殿をこの大陸に連れて来たのだ?」
「アピスは人間の世界を知らねぇからな。簡単に言えば観光しに来たって事だ。」
ルーシェルトは困惑した。というのも、アピスの事をそれなりの地位に居る亜人と推測していたからだ。だからこそ丁重に・・・部下の態度には多少問題があったかもしれないが、それでもアピスがそれなりの地位に居る者ならば自分達が警戒するのもある程度推測は出来るだろうし、大して気にはしないだろうとルーシェルトは考えていた。
「すまんが、状況を整理したい。そうだな・・・まずはガズールが魔の大陸に向かった後の事から話してくれないか?」
ガズールは基本無駄な事を嫌う。それは物事を話す時も同様で端的にしか話さない。決して話が下手とかそういう事ではないが、今は少しでも情報が欲しい。その事をルーシェルトは思い出し、出来るだけ最初からガズールに話してもらったのだ。
ガズールは自分が魔の大陸に行った後に何があったのか、そしてどんな体験をしてきたのかをルーシェルトに話した。
ルーシェルトが思っていた以上の出来事に暫く言葉を発することは出来なかった。もし話していた相手がガズールではなかったら到底信じられる話ではなかったからだ。この星が爆発してしまうなどど、頭のおかしい奴がいう事だと一蹴できたらどんなに良かった事だろう。
しかし、長年の付き合いからガズールがそんな嘘をつくはずがないと断言出来た。とりあえず、自分が黙っていては話が進まないのでルーシェルトは一旦その事は頭の隅に置いて、話を進める。
「リンが魔の大陸に行った理由と、そこでガズールにも会えたというのは分かった。では、そのガクと言ったか?その者が神の使徒・・・アステリア様の使徒という事なのか?」
「いや、神の使徒かどうかは知らん。神によって別の世界から連れて来られたらしいぞ?」
この中央大陸でも神アステリアとして、首都バラスキアに神殿がある。しかし、以前は各大陸には大神殿が存在し、立派なアステリアの像があったのだが、現在に伝わっているのはアステリアという神の名前のみで姿などは書物の記録に残っていないのだ。
そのような事もあり神殿自体も小規模であり、神のお告げを聞ける巫女の一族もこの大陸に逃げ込んだ時には全滅しており、もはや神というのが本当にいるのかさえ人々は分かっては居なかった。
勿論、ルーシェルトも名前こそ辛うじて知っている程度で、神の事をガズールから聞いたとしても半信半疑だった。
「ガクという者がそう言っているというだけで確証などはないという事か・・・。一度会って話をしてみなければいけないな。その者がこちらに来るという事はないのか?」
「来たそうにはしてたぞ?ただあいつにはやる事があるからな・・・忙しくて来れないんじゃねぇか?」
「・・・そうか。部下には話を通しておくから、もし来る事があるのならばここに連れてきてくれるか?・・・次はリンの弟の事だな。結論から言うと首都に行かせるわけにはいかん。」
「えッ?!な、なんでですか?!せっかく弟を助けれるかもしれないのに・・・。」
「待て。まだ話は終わってないぞ?アピス殿を連れて首都に行くことが出来ない、という事だ。リンかガズールが首都に行き、ここに弟を連れてくるのが最善だろう。・・・いや、ガズールは行かない方が良さそうだな。英雄ガズールが生きていたとなれば、騒ぎが大きくなりすぎるからな。」
「という事は、リンが首都に1人で行って診療所に預けているカイを引き取りに行けばいいんだな?リン、分かってると思うが他の目がある所で吸魔石を使うなよ?今まで絶対に治らなかった病気が治るんだぞ?下手したらここに戻ってこれなくなるからな。」
今まで原因不明で治らない病気が治ったのを診療所の職員に目撃されてしまったら、きっとリンは追及を受ける事になる。そうなればすぐに城塞都市に戻ってくることはできないだろう。そんな事に全く気付いていなかったリンは頭を縦に大きく振って誤魔化していた。
「そうだな・・・診療所の職員には魔の大陸に行った事も一応隠しておけ。余っている神草を強請られるのも面倒だろうからな。私の名を出し、優秀な医者が見つかったとでも言っておけば追及をされることはあるまい。明日、私の馬車を貸し出すからその中で吸魔石とやらを弟に使うのだぞ?」
「はい。何から何までありがとうございます。」
「とりあえずは良いな。・・・アピス殿もせっかく観光に来たのに外に出してやれなくて済まぬ。申し訳ないがこの別館の中で過ごして頂きたい。何かあればここに居る私の部下に言ってくれ。」
『分かりました。残念ですがしょうがないですね。リンさんが戻ってくるまでお世話になります。』
その後は解散をし、それぞれが部屋でゆっくりと休んでいた。しかし、ルーシェルトは未だ休むことが出来ずにいた。
今日の話を長老達に話さないわけにはいかないだろうな・・・。しかし、まだガズールの話が本当かどうかは分からぬ。それに、このような話を他の者が信じるとは到底思えぬしな。一応長老達の耳にはいれておくか・・・。
中央大陸には様々な種族が住んでいる。鍛冶が得意なドワーフ、長命種族として知られるエルフ、戦闘能力が高い獣人、大きく分けて4種が共存している。
それぞれの種族の長が首都に集まり、4人で政治などを行っている。それによってこの中央大陸は回っている。
元々このように民主主義のような形態ではなく、当初は国王と呼ばれる者がいた。この中央大陸に人類の生き残りを引き連れて来たのが初代国王であり、そして中央大陸の歴史上最後の国王でもある。
初代国王は人間だった。人間の良い面も勿論知っているし、愚かな面も知っている。時が経つに連れ、人間の愚かな面が浮き出て来た。それが種族差別である。
人間は数は多いが身体能力は他の種族の中では1番低いので他の種族を脅威に感じたのであろう。人間こそ1番!!そんな思想を掲げる愚かな者が現れて来た。
初代国王は嘆いた。この大陸に逃げて来た当初は種族の垣根など存在せず互いに助け合い生きて来たのに・・・自分たちにとっての共通の脅威が無くなるとこんなにも仲間を差別するのかと・・・。
そこで初代国王は考えた。自分が、数が多い人間が王などをやっているからじゃないのか?このままではいけない。きっと近い未来、人間が他種族を滅ぼす時が来ると。それから初代国王は自身の生涯をかけ、現在のいわゆる民主主義のような形態にしていったのだという。
翌朝になりリンはルーシェルトから馬車と少数の護衛を用意してもらい、首都バラスキアに向かった。
しかし、領主の館では思わぬ問題が起こっていた。
「暇だな・・・なんもやる事がねぇ・・・よし!!アピス、模擬戦するぞ。」
『流石にそれはまずいんじゃないですか?昨日ルーシェルトさんに大人しくしていろと言われたばかりですよ?』
「だからってリンが帰ってくるまでこの部屋に居ろってか?アピスは本当にそれでいいのか?」
『それは・・・出来るならやっぱり町の観光とかしてみたいですよ?でも、僕が町に出たら人間を怖がらせてしまうのも理解できますし・・・。』
「ウジウジしやがって・・・それでも男か?そのぶら下げてるでっかいのはただの飾りなのか?俺に名案がある。ちょっとここで待ってろ。
そう言い残し部屋から出ると、部屋の前に居る騎士になにやら話をしている。数分程騎士と話した後、部屋に戻ってきたガズールは少年のような笑みでアピスに親指を立てた。
1時間後、騎士達の訓練場にガズールと全身フルプレートにバトルアックスを持った2メートルを超す巨体の騎士?が居た。
「中々似合ってるじゃねぇか。これならアピスが魔物って事はバレないな。」
ガズールは部屋の前に居た騎士にアピスに着させるためにフルプレートアーマーがあるか尋ねていた。当然、その場に居た騎士では判断がつかず、領主であるルーシェルトに話がいった。
あまりにも早すぎるガズールの我が儘にルーシェルトは頭を抱えた。しかし、ここでガズールを我慢させようなものなら爆発した時にどのような事になるか予想が出来なかった為、全身が隠れる事、訓練場から出ない事を条件にフルプレートアーマーの貸し出しを許可したのだった。
『そうでしょうか・・・僕がフルプレートアーマーを着るなんてなんだかウィリアム様になった気分です。』
「ガクの師匠だっけか?俺もいつかは手合わせしてみてぇな・・・よしッ!!アピス、昨日はあんまり全力で出来なかったからな、ここなら広いし思う存分やるぞ。」
2人の戦いは凄まじく、次第に演習場には騎士達が集まり2人の戦いに見とれていた。そのような熱い戦いを見せられて黙っているほど、城塞都市に居る騎士たちは大人しくない。
2人に指南してもらうべく騎士達は挑み、そして散っていった。その日の演習場には2人にボコボコにされた騎士達の姿で溢れかえっていたという。