豪運の持ち主
リンが魔の大陸に向かってから2日後、城塞都市アルーンに2人の冒険者が訪れていた。
「ブァナルの兄貴、ここが城塞都市アルーンですぜ?思っていた以上にデカい街ですね!」
「馬鹿野郎てめーこの野郎ッ!そんなにキョロキョロしてたら田舎者丸出しじゃねぇかッ!この俺様みたいに堂々としてろ。分かったな?アルス。」
ブァナルと呼ばれている方は周囲の人が2度見をする位に個性的な恰好をしており、その背中にはバスターソードを背負っている。そんな周囲の視線を良い意味で捉える位にポジティブな男であった。
もう1人のアルスという、ブァナルの弟分である男は、レザーアーマーにショートソードというシンプルな冒険者の恰好をしている。この2人の装備のギャップにより、周囲から好奇の視線がより多く集まっていた。
「俺様が道を歩くだけで人が勝手に避けてくな・・・やはり俺様クラスになると存在しているだけで、強者のオーラが出てしまうな!」
「さすがッブァナルの兄貴!都会にはどんな強い冒険者が居るかと思っていましたけど、どれもこれもブァナルの兄貴より弱そうですね?」
周囲の人の中には冒険者の姿もあったが2人の、いや、ブァナルの恰好を見て関わらないでおこうと無視をしていたという事実に全く気付いた様子はない。
2人は中央大陸の中でも田舎・・・それも山奥にある人口100人も住んでいない村の出身だった。村の中には年寄が最も多く、2人のように成人を迎えるような歳の者は周りには居なかった。
そんな小さい世界で生きてきた彼らの唯一の楽しみは、3ヶ月に1度村に来る行商人の男の話だった。
商人はとても気さくでお金も持っていないであろう2人に本当に良くしてくれた。商人というだけあって話が上手く、男が話す有名な冒険者の話など多くの話を聞かせてくれた。
そんな男の話を聞いているうちに当時まだ6歳のブァナルと5歳のアルスの中で将来はこの村から出て、有名な冒険者になるという夢が出来た。それからの2人の行動は速く、山に落ちている丁度いい木の棒で我流で剣術の真似事をし、少しづつ力をつけていった2人は12歳の時に、ついには山の厄介者の【暴れ猪 Eランク】を倒してしまうのである。
そこで変に自信をつけてしまった2人は、成人である16歳で反対する周囲の言葉を無視し村を飛び出た。名持ちの冒険者になるという夢を追い求めて。
そして、自分たちなら名持ちの冒険者になれるという強い自信を持ちながら、2人は3年の時を経てここ城塞都市アルーンに辿り着いたのである。
2人は城塞都市アルーンの近辺に住む魔物を倒せる程の実力は持っていない、持っていないのだがなぜか持ち前の【運の強さ】で幾度もの危機を乗り越えてきたのだ。はっきり言って奇跡と呼んでもおかしくない程に2人は運に恵まれていた。
そんな2人はまだ知らない。名持ちの冒険者になるのがどんなに難しいことか・・・。
基本的な名持ちの冒険者の条件としては、単独で中央大陸に来る【はぐれの魔物】を討伐できる実力がある事だ。はぐれの魔物は最低でもBランク、才能のない冒険者ではどんなに頑張ろうが勝ちようのない相手だ。良くて魔物の餌になり、仲間を逃がす事位しかできないだろう。
そして中央大陸には冒険者の数が3万人程居て、その0・1%、つまり30人程しか名持ちの冒険者が居ないという事に・・・。
「ところでブァナルの兄貴。城塞都市アルーンに来た目的って一体なんなんです?」
「てめぇ馬鹿なのか?!ここに来る前も言っただろ?!あんまり大きい声では言えねぇが・・・この都市のどこかに幻の大陸に行くことが出来る通路があるって話だ。いいか?そこで希少な素材でも取って帰ってくれば、俺達も名持ちの仲間入りってわけよ。」
「すげぇッ!!相変わらずブァナルの兄貴は頭がいい!!じゃあ、早速地下が何処にあるか探しましょう!!」
「声がデカいんだよッ!!この馬鹿チンがッ!!」
騒がしい2人は周囲の呆れたような視線に気づかずに、魔の大陸に続く地下を探すのであった。
ちなみに町の住人のほとんどが知っている位には地下の通路の場所は有名で、2人はあっさりと魔の大陸に行く為の通路を見つけ出す事が出来た。
「俺様の必殺”神の目でいとも簡単に情報を知っている奴を見つける事ができたな。」
「さすがっす!!しかし本当にこの階段を下りれば幻の大陸に行ける通路があるんですかね・・・。」
「そこに気付くとは中々良い勘をしているな。恐らく十中八九、罠だろう。俺達の圧倒的な強さに嫉妬する奴が、偽の情報をばら撒いた可能性が高い。」
「え?!ならなんでわざわざこの先に行くんですか?!」
「そこに気付くことが出来ないからお前はまだまだ2流以下の冒険者なんだよ。いいか?この先には確かに俺達を騙し、罠に嵌めようとする敵が居るだろう。逆に考えるとその敵こそが本当の情報を持っているって事だ。」
「さ、さすが、俺の最も尊敬するブァナルの兄貴ッス・・・。要はその敵から本当の情報を手に入れる為に敵地に乗り込むって事っすね?」
「そうだ、だからここからは慎重にいくぞ。」
この話を心の底から信じているアルスもアルスであるが、全てブァナルの妄想である。そんな事にも勿論気付くことはなく、ゆっくりと地下へと続く階段を下りていく。
階段を降り切った先には洞窟のような空間があり、その奥には通路を守っているであろう門番が・・・・居なかった。というのもこの先に行く事がどんなに危険な事か、この都市に住んでいる人間ならば知っているからだ。
そのようなこともあり自殺志願者はほとんど居ない事もあって、見張りの門番は交代が来る前に休憩に行ってしまっていたのだ。
「見張りが居ないとは、あからさまに怪しすぎる・・・あの通路の向こうにはきっと大勢の敵が待ち構えているはずだ。だが安心しろ。俺の必殺技で一網打尽にしてやるからよッ!!」
こうして2人は通路の奥に進んでしまう。その先が地獄の入り口である事を知らずに・・・。
慎重に慎重を重ねながら2人は通路の奥に進んで行く。
「敵が一向に出てこないっすね・・・一体どういうことっすか?」
「そうだな・・・恐らくだが、俺様の尋常じゃない行動スピードのせいで、敵の準備が出来ていないって所だな。これは逆にチャンスだぞ?まぁ、俺様クラスなら正面から戦っても余裕だがな。」
そんな的外れな会話をしながらも先に進んで行くと、目の前に豪華な扉が見えてきた。
「明らかにあの扉の先に罠があるな・・・何があっても冷静さを失うんじゃねぇぞ?」
「わ、わかったっす。」
ゆっくりと扉を開いて行くとそこには広大な自然が広がっていた。上空には無数の空の支配者、翼竜【ワイバーン B+】が飛び交い、目の前の森では霊長類最強とも言われているゴリラとアリの混合種【ゴリラリアント B】と森の殺し屋【アサシントレント】が争いあっている。
「ブァナルの兄貴・・・な、なんなんすか、このでかい魔物は?!明らかに強そうっすよ?!それにここは何処っすか?!」
「落ち着け。確かに一見強そうには見えるが、ただでかいだけのゴリラにでかいだけの木だ!所詮俺様の敵ではないが・・・俺様は無駄な殺生が嫌いだからな。とにかくここを離れ森の奥に向かうぞ。」
そんな激しく争っている2匹の魔物達の戦いについに終わりが迎えようとしていた。ゴリラリアントが強烈な右フックでアサシントレントをなぎ倒すと、ゴリラリアントが馬乗りになりながら激しくラッシュを仕掛け、そんな猛攻になすすべもなくアサシントレントの命の灯が消える寸前だった。
これはチャンスッ!!大チャンスッ!!
「うおぉぉぉッ!!喰らえ必殺”超究武神覇斬”」
ブァナルの渾身?の一撃が馬乗りになっているゴリラリアントの背中に突き刺さる。
傷は浅いが突然の乱入者に驚いたゴリラリアントは大きな隙をアサシントレントに見せてしまう。その隙を逃さずに一矢報いようとゴリラリアントの脳天に鋭い木の根が突き刺さる。そして、2匹の魔物は息絶えた・・・。
「ど、どんなもんよッ!!俺様にかかればこの森の主である魔物も一撃よッ!!」
「ブァナルの兄貴すげぇっす!!森の主を一撃だなんて・・・あれ?無駄な殺生はしないんじゃ・・・。」
「・・・む?・・・周りから魔物が集まってきている・・・アルスッ!!逃げるぞ!!超ダッシュしろ!!」
辺りからは死肉を求めた魔物が近づいてきている事を察したブァナルとアルスは森の奥に爽快に走り去っていった。
普通の冒険者の90%以上が数分もしないうちに死んでしまうという魔の大陸で2人は今後【運の強さ】だけで乗り切って行くことになる。