決闘
ガクがウィリアムと共にヒアステリアに来て丁度一か月が経とうとしていた。
この一か月でヒアステリアの住人達と今では軽口なども言い合える位には仲良くなり、ウィリアムやミノスとも模擬戦を行ったり、毎朝の日課になりつつあるドリヤードとの植林などをして、今では以前より森が広がりドリヤードも少し元気になりつつあった。
そんな充実した毎日を過ごしていたが、現在は空き地にスーとガクの2人が居た。両者の雰囲気はとても険悪なようで、今にもスーがガクに飛び掛からんばかりに興奮している。
なぜこんなことになっているのかと言うと、昨日の夕方に起きた事がきっかけだった。
「あーッ!!今日もウィル爺に攻撃当てれなかった!!後ろにでも目が付いてるのかよ。」
「色々考えて攻撃しているようじゃが、あからさま過ぎるのじゃよ。相手を誘導するのであればもう少し工夫した方がよいぞ。」
「んー・・・分かりやすいのか。結構工夫してるつもりなんだけどな・・・それにしても暑いな。ウィル爺にの家に風呂ないからな・・・。」
「この町にはミーフィアの家にしかないんじゃよ。言えば貸してくれると思うぞ?」
この世界に来てちゃんとした風呂というのにガクは入っていない。勿論魔法で即席風呂を作り出すことは可能だが、1度スーに見られてしまい「外で裸になるなッ!この変態がッ!!」と言われているのでやりづらい。
悩んだ末にガクはミーフィアの家で風呂を借りることにした。
夕方に差し掛かる頃、最初は店に顔を出したのだが、ミーフィアは店にいないようだったので、直接ミーフィアの家を訪れていた。
「あら?私の家に来るなんて珍しいわね。どうかしたの?」
「ミーフィアの家に風呂があるって聞いてさ、訓練した後で汗かいたから久々に入りたいんだよね。もし良かったら貸してくれないか?」
「そういうことね。分かったわ。今案内してあげるから家にあがりなさい?」
笑いながらそう言ったミーフィアの笑顔を、後にガクは悪魔の笑顔だった事に気付く。
「それにしてもでかい家だな・・・ウィル爺の家もでかいけど、ミーフィアは1人で住んでるんだろ?掃除とか大変そうだな。」
「ふふ。それは秘密よ?掃除なんかは魔法でしてるからそんなに時間はかからないのよ。ここを真っすぐ行くとお風呂場に着くから、ゆっくり入ってきなさい?」
笑顔で見送ってくるミーフィアを不思議に思いながらも、ガクは風呂場の扉を開けた。
そこには丁度風呂から上がり終わり、身体を拭いている裸の蛙・・・スーが居た。
2人共あまりの事に驚き見つめ合っていたが、最初に正気を取り戻したのはガクだった。無言でゆっくりと扉を閉め振り向くと、数メートル先にそれは良い笑顔でこちらを見ているミーフィアが居た。
やられたッ!!そう思った時には、遅れて正気を取り戻したスーの悲鳴が家中に響き渡っていた。
その後はもう散々な目にあった。般若のように怒り狂ったスーの誤解を解こうとしたが、普段のスーでさえ話が通じないのに激怒しているスーでは会話にすらならなかった。その後ろには悪魔の笑顔を浮かべているミーフィアが居て、それはもう地獄のような時間だった。
そうして怒り狂っているスーがガクに決闘を一方的に押し付けてきた為、今このような事になっていたのだった。
「良くここに平気な顔をしてこれたものだな。このッ・・・変態がッ!!今日で貴様の男としての命は尽きる。その前に言い残すことはあるかッ!?」
「悪かったって言ってるだろ?俺だって見たくて見たわけじゃねーし。」
「最後まで己の罪を認めぬとは、それでも男かッ?!」
「認めた上でちゃんと何度も謝ってるだろーが。」
「それを使え。刃を潰してある剣だ。何も命までは取るつもりはない・・・玉の1つや2つで勘弁してやろう。さぁッ!!剣を取れッ!!」
2人が言い争っているせいで辺りには続々と野次馬が集まってきてしまった。
「俺が勝ったら昨日の事は無かった事にしてくれよ?」
ここまで野次馬が集まってしまっては、逃げる事は不可能と判断したガクは諦めてスーと決闘をする事にした。
「姉よりッ!強いッ!弟など存在せんッ!!よって、貴様が勝つ事などないのだからそのような事を決めても無駄だッ!」
人だかりをかき分けてミノスが広場に近づいて来る。
「なんだぁ?皆が集まってるから来てみれば、面白そうな事やってんじゃねぇか。」
ミノスが来たのでこれまでの経緯を話したら、腹を抱えて笑っていたのに若干腹が立ったが、快く決闘の審判をしてもらえる事になった。
「ルールは単純だ。魔法の使用は身体強化のみ。相手に参ったと宣言させるか、気絶させたら勝ちだ。勝者は敗者に対して1回だけ命令出来る。命令って言っても常識の範囲内の話だからな?じゃあ用意は出来てるな?俺がコインを上に弾くから落ちたら試合開始だ。」
ミノスが弾いたコインは高々と空に上がりゆっくりと地上に落ちてくる。
キンッというコインが地面に落ちた甲高い音と共に2人はお互いに飛び出した。リーチの長さや単純な力ではガクが圧倒的に有利だが、身軽さや手数ではスーに分があった。
ガクの初撃を難なく交わしたスーは2本の曲刀を使いガクの懐に潜り込み、攻撃する暇を与えないように連撃を放ってくる為、ガクは防戦一方になっていた。
一見すると、ガクが不利に見えるが実の所、苦しんでいるのはスーの方だった。スーはガクの事を格下だと思い油断していた事も関係はあるが、頭に血が上り連撃を繰り出した為、その攻撃は単調になりガクに冷静に防がれていた。
当たり前だが、嵐のような連撃も長くは続かない。酸欠気味になったスーは今までより強い一撃を加え離脱をしようとしたが、その瞬間をガクに狙われた。
少し大振りになったスーの攻撃が来るのを察すると、今までは防いでいただけだったガクはスーの曲刀を剣で滑らせた。
突然の事でスーは身体を泳がしてしまうという致命的なミスを犯してしまった。急いで体制を整えようとしたが、スーの首筋にはガクの剣が添えられていた。
スーは理解が出来なかった。格下と思っていた相手にいいようにされたのだ。
「ぐッ・・・まだだッ!!私はまだ負けてないッ!!こ、こんな虫けらに負けるはずは、ないんだッ!!」
その後も諦めずにスーはガクに挑み続けるが、一度冷静さを失ったスーは一度もガクに攻撃を当てることは出来ずについには降参した。
朝早くから始まった2人の決闘も、終わってみればもう昼間になっていた。
「そんなに剣術の差はなかったんだが、冷静さを失ってた時点で勝負は付いてたようなもんだからな。じゃあこの勝負はガクが勝者って事でいいな?それで勝者は敗者に何を望むんだ?」
「望むって言ってもな・・・今まで通りにしてくれれば俺はそれでいいんだけど・・・。」
「スーがこの調子じゃな・・・ガクがさっさと気絶させないせいじゃねぇか?あんな弱い物イジメみたいな試合しやがって。」
スーはガクに負けたショックで頭を伏せ地面に膝をつき立ち上がれないでいた。
「そうは言っても、目を覚ましてまた挑まれたら面倒だろうが。俺にはその未来しかイメージできなかったんだよ。」
「スーいつまでそうしてるつもりだ?ガクが困ってるぞ?」
「くッ・・・望みは私の身体だなッ?!私の身体を見るだけでは満足せず、弄ぼうと言うのだなッ?!私は敗者だ・・・甘んじて貴様の要求を飲み込もう。だがしかしッ!次は絶対に負けぬッ!」
「俺はそんな事望んでないんだよッ!ちゃんと話を聞けよ。今まで通りにしてくれればそれでいいからよ。そして決闘なんて何を言われようがしないからな。」
「まぁガクもこう言ってるんだし、なんも無かった事にすりゃ良いんじゃねーか?腹減ったし、俺は面倒だから帰るわ。」
「ほら、俺も腹減ったしさっさと立って飯でも食いに行こうぜ。」
「どうしてもと言うならガクの飯に付きあってやってもいいぞ?」
「はいはい・・・どうしてもだよ。」
長い決闘を制したガクは、なんとか男としての命を失わずに済んだ。
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