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「リディア、俺と結婚してほしい」
「リディアはお前じゃなくて俺と結婚するんだ!」
「皆さん争わないでください!」
さてさて、いよいよ魔王城への入り口が近付いてきた。
馬車で数日間走った程度の人里からそう遠くない場所に魔王城があるのか、と疑問に思う人もいるだろうが、もちろんそんなに近いところにあるわけではない。
山の麓にある洞窟の、少し入ったところに魔王の臣下が使っていたとされる魔法陣がある。
その魔法陣に触れると、魔王城の入り口に転移するのだ。
我々はその山の一番近くにある小さな村に馬車を預けて、魔法陣まで徒歩移動をすることになった。
「馬車は置いていくのに御者であるエリオは来るんだね」
「うん。ミレイアと一緒にいたらあれこれ回収できるし。足手まといにはならないようにするよ」
「怪我だけはしないようにね」
足手まといだと思うことはないけれど、怪我だけはされたくない。死ぬなんてもってのほかだ。
しかしエリオが一緒にいてくれるのは、正直ちょっと嬉しかった。
だってエリオがいなければ、私は喋る相手もいないのだから。
一応旅の同行者であるヒロインと攻略対象キャラ御一行様は、今まで大して魔物に遭遇しなかったことを一切気にするわけでもなく、今も私とエリオの後ろをついてくるだけ。
それどころか修学旅行ではしゃぐ子ども顔負けの騒ぎっぷりだ。この先、下手したら死ぬかもしれないというのに。
いや……まぁ、それもこれも私たちが楽しいからって魔物が出た瞬間撃ち抜いて核を回収して、アイツらの視界に魔物を入れなかったことが原因なのかもしれないから、文句は言えないのだけれど。
「あった、魔法陣」
外の光が届きづらくなってきたところで、薄く紫色に光る魔法陣を見付けた。
あれを踏めば、魔王城の入り口に辿り着く。
「行こう、ミレイア」
エリオがそう言って手を差し出してきた。
「うん」
差し出された手を取って、私たちは魔法陣の中に一歩足を踏み入れた。
なんかまだわいわいやってるヒロインと攻略対象キャラたちを放置して。
「おー、すごーい」
魔王城を見た瞬間、私の口から漏れ出た言葉がそれだった。
ゲームで見たことのある物が目の前に現れると感動するよね。聖地巡礼的な感覚だ。なんて、感動しながら門の両脇にいたガーゴイルを銃で撃ち抜く。
そんな私の隣でガーゴイルの核を回収していたエリオが「ガーゴイルの核はちょっと重い」と呟いていた。
それから数体の魔物を撃ったところで、やっとヒロインたちが現れた。
私たちが魔法陣を踏んでいた時に「誰がリディアと手を繋ぐか」で揉めていたので、やっと決着がついたのだろう。誰でもいいわ。本当に。マジで。
ため息を噛み殺しながら魔王城の門を開けようとしたところ、第二王子が「俺が開ける!」と言い出した。
めんどくせぇなと思いながら一歩下がって待つ。わざわざ、見てて! 今からカッコイイことするから! みたいな顔をしながらヒロインを見ているのがとても鬱陶しい。そして腹立たしい。
そんな感情を全て心の中に押し込めて、魔王城内に入った。
心なしか湿度が高い気がする。そしてなんとなく埃っぽい。なかなか体に悪そうな城である。
さらに建物に対して照明が少ないからめちゃくちゃ薄暗い。精神面にも悪そうな城である。さっさと出たい。
「何もいないなぁ」
私の特殊スキルを使ってみたものの、何も見えない。見えないってことは、何もいないってことだ。
「リディア、何が出てくるか分からないから俺の後ろにいて」
と、ヒロインに声をかけたのはレオンだった。年下キャラに先を越された、と第二王子だのなんか他の奴もヒロインを取り囲み始めるわけだが、こちらとしてはなんかかっこつけてるけど何もいねぇっつってんじゃんとしか思えない。
エリオの表情筋だってどんどん死んでいっている。魔物が出ないもんだから核の回収も出来ないもんね。
そんな無駄に警戒する攻略対象キャラたちと、沢山のナイトに守られるお姫様気取りのヒロインと、死んだ目をしたモブという良く分からないパーティも、ついに魔王がいるであろう部屋まで辿り着いた。……城内で魔物にエンカウントすることなく、辿り着いてしまった。その道中で、私はふと思った。
ガーゴイルを倒した後、数体の魔物を倒したわけだけど、あの中に魔王の臣下がいたかもしれない……と。だからこんなにもエンカウントしないのかもしれない。まぁ今気が付いたところで倒してしまったもんは仕方ないのだけれど。
そんなことを考えている私をよそに、攻略対象キャラたちが我先にと魔王がいるであろう部屋の扉を開けた。
「あれが……」
ヒロインの小さな声が響く。
廊下に比べればいくらか明るいけれど、やはりどこか薄暗い、ただただ広いだけの部屋。
その最奥に、玉座がある。そこにいたのはもちろん魔王だ。
頭には黒くて大きな角、髪はこの世の闇を集めたような暗い色。全身は鱗に覆われており、背中だか腰だかからはタコの足のようなうねうねとした何かが生えている。
そんな魔王が、赤黒い光を灯した瞳でこちらを凝視していた。
我々は、今からあの魔王と戦うのだ。
もしも敗れれば、そこにあるのは死。我々だけでなく、この世界の全ての人たちにも、死がもたらされるかもしれない。
ああ、悪役令嬢さえ己の責務を全うしてくれたなら、私はこんなところに来なくて済んだのに。
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