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「俺、リディアのことが好きだよ」
「俺のほうが好きだよ!」
「二人とも落ち着いてくださいっ!」
本当に落ち着いてほしいトーンではないんだよなぁ、声が。
男どもに奪い合われてうきうきのルンルンですぅ! ってトーンなんだよ。
「わあぁ! すごいよミレイア! ワイバーンの核がこんなにも綺麗!」
こっちもうきうきのルンルンだったわ。落ち着きなよエリオ。
魔王討伐部隊の旅も早いもので出発から五日ほどが経過していた。
なぜ早いのかと言えば私とエリオが魔物をさくさくと蹴散らしているからである。
旅の進行が予定よりも早かったので、途中の大きな街で私の小型銃を大きめのものに改良してもらっていた。と言っても散弾銃やロケットランチャーに、というわけにはいかず、小型銃をそのままライフルサイズに伸ばしてもらった感じだけれど。
しかしまぁ腕のいい職人だったから、撃ちやすさは爆上がり。ワイバーンのような大きな魔物が相手だろうとクリティカルヒットでワンパン。完全にぬるゲー。魔力弾はリロードも不要なのでぬるぬるのぬるゲーだ。
さらにゲーム的に言うと私が一人で魔物を倒しているから、一人だけレベルが上がり続けている可能性を感じ始めている。じゃなきゃワイバーンをワンパンはさすがに無理だろう。
でもなぁ、銃を撃つのが最大のストレス発散方法なんだもんなぁ。それを我慢して他の奴らに経験値を譲る? 出来ないなぁ。
「ミレイア、グリフォンだ」
「見えてる見えてる」
グリフォンはさすがにワンパンでは――
「すごいなミレイア! 核も綺麗に回収出来たしグリフォンの鉤爪も羽毛もこんなにいい状態なら後で高く売れる!」
一発撃った次の瞬間には興奮気味のエリオが回収してるので、私がワンパンで倒してるのか、まだ倒れてないのに核が回収されているのか分かったもんじゃなかった。
「ミレイアはさ、この旅が終わったらどうする?」
ふとエリオに問われた。
そういえば、家に帰りたくないな、と思っているくらいでまだ考えていなかった。
それだけこのエリオと二人で行うシューティングゲームが面白かったから。
この生活が続いたら楽しいだろうな、なんて思うくらいには面白い。ヒロインと攻略対象キャラ御一行様さえいなければな。
「旅が終わったら……家に帰らなきゃいけないんだろうなぁ」
「帰りたくないの?」
「まぁ、うん。出来れば」
出来ることなら、よほどのことがない限り両親と顔を合わせなくてもいいくらい、両親から遠く離れたところに行きたい。
「ダンジョンとか興味ない?」
「ダンジョン?」
「もしも俺たちが魔王を討伐したら、残った魔物たちは地下に逃げ込んでいくらしいんだ。そこで次の魔王の誕生を待つと言われている」
「へぇ。ってことはそのダンジョンに行けば魔物撃ち放題?」
「そう。核も取り放題」
最高では?
「ただ、場所が遠いんだ。遠い遠い大陸の東の果てにある森の中だったりする」
「大陸の、東の果て……」
そこまで離れれば本当によほどのことがない限り両親と顔を合わせなくてもいいな。やっぱり最高では?
「故郷からあまりにも離れることになるし、やっぱり嫌だよね?」
「生活していけるの?」
「大きな街があるから衣食住に困ることはないよ!」
最高では?
「ミレイアさえ良ければ、俺と一緒に行かない? 俺たち二人で組めば最強だと思うんだけど」
確かに最強だし二つ返事でその話に乗ろうとした、その時だった。
ずしん、と地響きのような音がする。音はまだ遠いけれど、明らかに危険な音。
その音で、私は思い出した。道中で起こるイベントのことを。
この先、腹を空かせた巨大なカメが襲ってくる。ガンセキガメ……だったっけ?
そしてそのカメにライバルが襲われて怪我をする。怪我をしたライバルに駆け寄るのが攻略中のキャラであれば親密度不足で、攻略中ではないキャラであればバッドエンド回避は確定。そんなイベントだ。
ライバル不在だから、この場合襲われるのは私ということになるのだろうか?
だとしたら誰も駆け寄ってきたりしないだろう。だってほとんど顔見知り以下だもの。
「何か来る」
「あれは魔物じゃない。急所が多い」
急所なんか見なくても何が来るかは知っているんだけれど。
「あ、れは、カメ!?」
エリオが度肝を抜かれている。
私だって度肝を抜かれている。だって、誰のルートでも起こるイベントなのでスチルでは見慣れているけれど、あんなゾウよりデカいカメなんか初めて見るし。もはやデカ過ぎて山。
「ガンセキガメだね。世界一大きなカメ。確か国で保護されてるはずだから危害は加えられない」
「え、でも明らかにこっちに向かって来てる! このままじゃ踏みつぶされる!」
「噂で聞いただけだけど、最近餌場を魔物に荒らされててお腹が空いてるらしいんだよね……」
「空腹……あ、おやつにしようとしてた木の実がある!」
「それだ!」
エリオが例のバッグから木の実を取り出した。
それを受け取った私が、次々とカメの足元を目掛けて投げ続ける。
「まだあるよ!」
「まだあるの!?」
どんだけ回収してたんだよ! と心の中で絶叫しながら、私は次から次へとお手玉のように木の実を投げ続けた。
幸いカメもその木の実の存在に気が付いてくれたらしく、こちらの馬車から少し離れた場所でむしゃむしゃと食べ始めたようだ。
とっても美味しそうに食べているカメの顔を見た私たちは、ふと顔を見合わせて、そして笑った。
必死だったから、二人とも果汁まみれだったのだ。
それにしても、果汁が赤いから血しぶきでも浴びたみたいだな。
「予定の休憩場所ではないけどあの小さな町で手を洗わせてもらおうか」
「そうだね。血まみれみたいだもんね」
二人はそう言って、また笑うのだった。
手を洗わせてもらうために馬車を止めたら、馬車が止まったことに気が付いたヒロインと攻略対象キャラ御一行様が何事かと馬車の中から出てきた。
あの巨大なガンセキガメには一切気が付かなかったくせに馬車が止まったことには気が付くんだなぁ、なんて考えていたら、ヒロインがこちらに近付いてくる。
「大変っ! 怪我をしているじゃないですか! 治療しますね!」
どうやら果汁まみれの私の手が、怪我をしているように見えたらしい。血まみれっぽいもんね。
「あ、結構です」
と、端的にお断りすると、第二王子がキレ気味で怒鳴りつけてきた。
「リディアの好意を無碍にすると言うのか!」
……だそうだ。
怪我をしたライバルには駆け寄っていたというのに、怪我をしたように見えるモブには怒鳴るのか。モブには厳しい世界だなぁ。
「いや、無碍もなにも怪我してないので」
「え、でも」
「これ果汁です」
私の言葉を聞いたヒロインたちは、言葉の意味が理解出来なかったらしく、小さな声で「果汁」と零したままその場で固まっていた。
「さっさと洗いに行こうよ、ミレイア」
「はーい。あ、エリオは顔も洗ったほうがいいよ。返り血みたいになってる」
「ミレイアもだよ」
ぽかーんとしているヒロインたちをその場に置いて、私たちはけらけらと笑いながら水場を目指した。
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